ビタースウィート
「ねぇ、蛭魔君」
「あん?」
「ゲームしよ」
「ゲーム?」
「うん」
「なんの?」
「なんでも良いよ。どれが良い?」
家に遊びに来たまもりを玄関で出迎えた時、やけに大きなバッグを持って来たなと不信に思ったが、まさか中身がありとあらゆるゲームだとは思いもしなかった。
机の上にはトランプにはじまり、UNOにジェンガにオセロに将棋にチェスに…ありとあらゆるゲームがところ狭しと並べられた。
懐かしの黒髭危機一髪なんてものまであり、正直蛭魔は辟易した。
「……」
「最初はトランプにする?ババ抜きが良い?」
「二人だけでババ抜きもねえだろう」
「じゃあポーカーとか?」
「ま、良いだろう」
まもりのテンションから、まもりが納得するまでこの試練は終わる事は無いと知っている蛭魔は素直に従いさっさと完膚なきまでにやっつけることが一番手っ取り早い対処法だとわかっていた。
「あ、蛭魔君」
「なんだ?」
「負けた方は罰ゲームだからね」
「は?罰ゲームって何やんだ?」
「内緒♪」
こいつ…俺に勝てると思ってんのか?
まもりの楽天的な考えに少々呆れもするが、自分が勝ことは火を見るより明らかなので蛭魔は特に言及することなくゲームを開始した。
まもりが負けては別のゲームをし、また負けては別のゲームを…と、二時間もしないうちにまもりが用意したゲームをやりつくし、たった今、まもりの剣によって黒髭が宙をまい最後のゲームは終了した。結果は何度か惜敗はあったものの全敗だった。
「で、どうする?負けを認めるか?それともまだやんのか?」
「……負けました。蛭魔君、少しくらい負けてくれたって良いのに…」
ぐったり机に突っ伏していじけているまもりを蛭魔はふんと鼻で一蹴する。
「勝負事に情けは禁物ってな」
「はいはい。あーあ、頑張ったのになぁ …」
そう言って起き上がると、まもりはごそごそと自分のバッグから綺麗にラッピングされた箱を取り出した。
机の上に置かれた箱は見ただけで気合いが入っているのがわかる程の飾りつけが施されていて中身もさぞかし頑張っていること間違いないと思わせる代物だった。
「はぁ…」
ため息をつきながら、まもりはラッピングを綺麗な手つきでほどいていく。
意図がわからず黙ってまもりの行動を見守る蛭魔の前で、蓋を開けたまもりはおもむろにに綺麗に並んだ色々なチョコの一つをつまむと自分の口に放り込んだ。
「美味しい~」
そう言いながら二個目をぱくり。
蛭魔は意味がわからず眉ねを寄せる。
「おい、何やってんだ?」
「えっ?何って…罰ゲーム」
「てめえが好物のチョコ食べるののどこが罰ゲームなんだ?」
「本当はゲームで負けた蛭魔君がチョコを食べるはずだったのよ」
「それが罰ゲーム?」
「そう」
「どこが罰ゲームだ?」
「どこって、蛭魔君がチョコを食べるところ」
「俺がチョコを食べるののどこが罰ゲームなんだ?」
「だって蛭魔君は甘い物嫌いでしょ?その蛭魔君が甘いチョコを食べなきゃいけないのよ?十分罰ゲームじゃない?」
「………」
蛭魔はようやくまもりの計画に気付いた。
折しも今日はバレンタインデー。
手作り好きなこの女は気合いを入れてチョコを作ったは良いが渡す相手は大の甘い物嫌い。
その甘い物嫌いな男になんとかチョコを食べさせる為のこの数々のゲームは作戦だったと言う訳だ。
回りくどい奴…
ため息をつくと蛭魔は甘い匂いを放つ箱に手を伸ばしキラキラ光るチョコをつまんでそのまま口へと放り込んだ。
そんな蛭魔の行動にまもりは目を丸くして慌てる。
「蛭魔君!?大丈夫?!」
「なんだ?てめえの作ったチョコは食べたらそんな慌てなきゃならねぇ代物なのか?」
「いや、普通は違うけど蛭魔君は普通じゃないから」
「てめえ何気に失礼だぞ」
「だって…本当に大丈夫?気持ち悪くない?」
「別に。ドラキュラがニンニク食った訳じゃねんだから」
「ドラキュラにニンニク、蛭魔君にチョコレート…うふふ、おかしー」
「アホらし。確かに甘い物は苦手だが、苦手なだけで別に食えねえ訳じゃねえよ」
「そうなの!?」
「ケーキとか糞甘いモンはわざわざ好き好んで食おうとは思わねえが、疲れた時にチョコを食う事はあるぜ」
「そうなんだ。…じゃあ今は疲れてるってこと?」
「誰かさんのアホな作戦に付き合わされてたもので」
「ひっどーい。じゃあ、そんなに疲れてるんならチョコをもう1つどうぞ」
そう言うとチョコを持ってまもりが嬉しげに蛭魔ににじりよって来た。
「罰ゲーム受けんのはてめえだろう」
そう言うや、まもりの手にあったチョコを蛭魔は自分の口に放り込むとまもりを抱き寄せて思い切り濃厚なディープキスをした。
キスの甘さとチョコの甘さにまもりは自分までとろけそうな気持ちになる。
そんなまもりとは対照的にキスの最中でも蛭魔は冷静な頭で時計を確認すると素早く予定を立てる。
バレンタインデーと言う事で今夜はちょっと高級なイタリアンの店を予約した。
その予約が6時、店に行くまでと出かける準備の時間に一時間ちょいとすると…
「二時間は大丈夫だな」
「?」
唇をはなした瞬間に蛭魔が呟いた言葉の意味がわからず、まもりはとろんとした目で小首を傾げる。
そんなまもりに蛭魔の笑みは深くなる。
「罰ゲームは終了。こっからはゲームの勝者のご褒美タイムな」
そう言うや再び濃厚なキスをまもりに送った。

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