「全力少年」
「どこにあんな車つくる部費があったんだ」
「なんか学長脅迫したとか言ってたっすよ」
あきれた顔で蛭魔の運転する武蔵工務店特注の偵察タワーカーを見て呟いた番場の疑問にすかさず一休が答えた。
「早くも最京大陰から仕切ってんのかよ…」
泥門時代とかわらぬ悪魔のやり口に、やっぱり悪魔はどこに行こうと悪魔だと俺は改めて思った。
見事最京大合格を果たした俺は、当然アメフト部に入部を決めていた。
そんな俺に悪魔から「炎馬の試合を偵察しろ」とメールが届いた。
試合の日付が合格発表と一緒だったから怪しくは思ったものの、指定通り待ち合わせ場所に行ってみた。
するとそこに悪魔の顔はなく、この春からチームメイトになる見知った顔が揃っていた。
皆、俺同様悪魔に呼び出されたらしい。悪魔がいない事を誰も別段気にする事なく会場にやって来た。
すでにみんな悪魔の所業に慣れきってるようだ。
悪魔の事だ。
何か有るのだろうとは思ってはいたが、まさか馬鹿みたいなタワーをつけたジープで乗り込むなんて派手な登場をするとは思いもしなかった。
悪魔はともかく、あの真面目なマネージャーまであんな登場に付き合うなんて、すっかり朱に交わればだな…なんて思いながらそちらを眺めていると、タワーから降りたマネージャーが悪魔に文句を言い始めた。
ここからでは会話の内容は聞こえないがマネージャーの様子から激しく抗議しているのがわかる。
久しぶりに見る馴染みの光景だ。
そして、馬耳東風、暖簾に腕おし、糠に釘な悪魔の態度も相変わらずだ。
俺達の年代の一年の差はデカイ。
ましてや高校生と大学生の差なんて半端ねえ。
正直この一年で泥門の悪魔と天使コンビがどれだけ変わっているのか気になったいたが、とりあえず相変わらずでほっとした。
「糞長男!」
そんな俺に気付いた悪魔がこっちにこいと指示して来た。
これまた相変わらずでため息が出そうになりながら悪魔の元へ向かった。
「おら」
「うわっ」
いきなりビデオカメラを投げられて慌てた俺を悪魔はニヤニヤ笑って見ている。
今日の悪魔はすこぶる機嫌が良いらしい。
「てめえは特等席で試合観戦だ」
「はあ?」
突然の命令に俺は手の中のビデオカメラを見、そして悪魔の後ろにそびえるタワーを見て命令を把握した。
特製のタワーカーに登るのは俺の仕事ってわけか。
「おら、早く行かねえと試合始まんぞ」
「へーへー」
じゃあ何の為にマネージャーはタワーに登って登場したんだよ…なんて文句を言っても銃で撃たれるだけだとわかりきっているので、俺はせめてもの反抗にダルそうな返事をしてノロノロと梯子を登った。
さすが武蔵工務店特注タワー。
俺が乗ってもびくともしねえ。
もしかしてアイツらが作ったのか?
ふと思いつき会場を見渡すとすぐに見つける事が出来た。
我王を筆頭にがらの悪い一団は迫力でまわりから浮きまくってやがる。
黒木もトガも頭にタオルなんか巻きやがってなんだかすっかり働く男って言うか、ガテン系バリバリって感じだ。
俺がタワーに登ってるのに気付いた黒木とトガが得意気な顔で俺に手を振ってよこした。
それに俺も軽く振り返す。
いつもつるんでた俺達の道が別れた事を痛感するけど、寂しさはない。
俺達は離れてもアメフトで強く繋がってるから。
試合開始のホイッスルが鳴り、俺はビデオカメラと試合に神経を集中した。
炎馬VS恋ヶ浜 の試合は遅刻のアイシールド21抜きでの開始となった。
炎魔大の新入生はセナだけじゃねえ。
モン太もいれば、陸に水町もいる。
セナが居なくても恋ヶ浜が勝てるとは到底思えねえ。
面白いようにモン太がキャッチし、陸が走る。
この二人の活躍はとてもじゃないが恋ヶ浜には止められそうもない。
これにセナが入ったらどんな試合になんだ?
観るも無惨なワンサイドゲームになって、恋ヶ浜の選手は何人かカノジョを失うんじゃなかろうか…御愁傷様ザマーミロ。
そういえばセナの奴は今日、アメリカから帰国するんじゃなかったか?
帰国当日に試合組まれるとはハードなこって。
どーせこの無茶な試合組んだのは悪魔に違いねえ。
全く…
俺の大学生活は一体どうなるんだ?
散々悪魔に好き放題振り回される事は火を見るより明らかだな。
ま、それを承知で選んだ道だけど……自分の物好きに呆れるしかない。
試合が中盤に差し掛かった頃、土煙をあげてセナが現れた。
会場は真打ち登場にいやがおうにも盛り上がる。
以前にもまして鋭くなったセナの走りに会場中が釘付けになる。
クソ。
俺も負けてられねえ!
セナの成長を目の当たりにして俺の中の闘志がメラメラと沸き上がる。
早く試合がしてー!
ウズウズしてたまらなくなる。
いっそ対戦相手が最京大だったら良かったのになんて思う俺はどっぷりアメフト馬鹿だ。
ハーフタイム中、俺は下には降りずタワーの上から会場をぼーっと眺めていた。
本当にセナはぐんと成長していた。
カメラなんて放り投げて練習がしたい、試合がしたい、とにかく身体が動かしたい!
あの悪魔も同じ気分を味わっているんじゃないかと観客席に目を向ければ、マネージャーと試合経過をあれこれ分析しているようだ。
休憩中の会場はザワザワうるさくて隣に座っている奴の声ですらまともに聞こえない。
なので悪魔とマネージャーは顔をくっつけるようにして会話している。
本当に近い。
ちょっと近過ぎじゃね?って思うほど近い。
顔だけでなく身体も密着と言って良いほど近い。
なんだかあの二人の間に流れた一年を感じてしまった。
二年生の終わり頃ぐらいからなんとなくな雰囲気はあったが、一緒の大学に行くと聞いても二人が付き合っていると言う確信には至らなかった。
しかし、今の二人を見て間違いなく付き合っていると確信した。
やっぱりなと言う思いと、やっぱりかぁ…と言う、微妙にニュアンスが違う思いが交錯する。
俺が感慨にふける間も二人はくっついたままでいる。
悪魔がマネージャーの耳元に話しかけ、それを受けマネージャーが少し驚いた顔をしたのが見えた。
何をはなしてんだ?
なんとなく気になって二人を見ていた俺の前で、こともあろうに悪魔はマネージャーにキスをした。一瞬ふれただけの軽いものだったが、俺には衝撃が凄まじかった。
マネージャーは顔を赤くして慌てているが、再び悪魔が耳元で囁くと微かに頷いて大人くなった。
その瞬間、後半戦開始のホイッスルが鳴り響いた。
とたんに二人の顔は真剣に試合を分析するそれになった。
見事な変わり身だった。
どこまで行っても悪魔には勝てそうにない気分になるが、俺の試合も始まったばかりだ。
負けねえぞ!
俺は決意を新たにカメラを構えた。
おわり

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