小規模な敗北
三年になっても蛭魔と栗田は相変わらず毎日部活で汗を流し、まもりも毎日せっせとマネージャー業に勤しんでいたが、ムサシと雪光はお互い、家の手伝いと受験勉強の為に顔を出すのはたまにとなっていた。
そんな5人が久し振りに揃った事で今日の部活はいつも以上に気合いが入り、しごきまくられた後輩たちは精も根もつき果てた様子でヨロヨロと帰って行った。
新米マネージャーの手伝いにまもりは再び部室を出たが、後に残った三年生達はまもりが入れてくれたコーヒーを飲みながらそれぞれの進路について話しに花を咲かせていた。
「凄いねぇ。雪光君は集英大の医学部志望なんだぁ。僕なんて、アメフト部があって僕が行ける大学って言ったら炎魔しかないからねぇ」
「あ、じゃあ三人は炎魔に行くんですか?」
「いや。俺は家業継がなきゃならねぇから進学はしねんだ」
「あ、そうなんですか…。じゃあ炎魔は二人なんですね」
「それも違うな。糞デブ一人だ」
「一人?」
「うん。ムサシが居ないのに僕と蛭魔の二人だけ同じチームでって…そんなの駄目だと思ってね!でも僕は炎魔しか行ける大学ないから…」
「じゃあ蛭魔君が違う大学に行く事にしたんですね?」
「うん。」
「ま、せっかく糞デブがやる気になってんだし、どーせ違うチームでやんならリーグが違う方が面白ってな」
「えっ、じゃあ蛭魔君は関西の大学に進学するんですか?」
「あぁ、一足先に頂点を極めて待っといてやるよ」
「関西の大学って言ったら…最京大ですか?!」
「手っ取り早いだろ?」
蛭魔がさらりと言った。
確かにライスボウル常連校の最京大に行くのは他のどの大学に行くよりも頂点に近いと思う。
思うが…。
いくら知略に長けようとも所詮、蛭魔の身体能力は凡人だ。
そんなレベルで部員三百人からいる部の頂点とも言えるQBになれるのか?
そんな思いが雪光の言葉をつまらせた。
「ケケケ、この俺が何の策も手土産もなく虎の穴に入るような真似すると思うか?」
雪光の思いを読んだかのように蛭魔が不敵な笑みを浮かべる。
「糞ドレッドつつきゃ、糞黒子まで転がって来る。糞ドレッドは確かに天才だかそうそう使いこなせる奴は居ねぇ。奴を使いたきゃ俺を出すしかねえって算段だ」
あの阿含を策に使うなんて考えられるのは蛭魔だけだろう。
そしてあの一休を手土産とのたまう不遜さはさすがだ。
だか、そんな他力本願を本当に蛭魔は良しとするのか?
再び雪光の思いを読んだように蛭魔が口を開いた。
「まずは足掛かりだ。身体能力だけじゃ到底勝てやしねぇ。それ以外を認めさせるにはチャンスが必要なんだよ。奴はその為の布石だ」
蛭魔は決して自分を過大評価も過小評価もしない。
冷静に分析するだけだ。
既に蛭魔は大学においての自分の位置を認め、上に上がる為の計画を着々と進めている。
蛭魔の周到さに背筋に悪寒が走る。
妥協を許さず、常に策略を張り巡らせて全力で敵に挑む。
これからはこの男を敵に回して闘わなければならない事に身が引き締まる思いがした。
そんな思いを誤魔化すように雪光は話題をかえた。
「と、ところで、姉崎さんも一緒に最京大なんですか?」
「あん?」
「ぷっ、くくくくくっ」
「何笑ってやがる糞ジジイ!糞ハゲ!てめえもだ!なんでそこで糞マネが出てくんだぁ?どいつもこいつも人の大学聞いた二言目には糞マネの事聞きやがって」
「俺も栗田も蛭魔の志望校聞いた次の質問が『姉崎も一緒か?』だったんだよ。だからこいつ機嫌悪いんだ。気にするな」
「あ、そうなんですか」
「ったく、糞マネが何処の大学行くかなんざ知らねぇよ」
「え、一緒じゃないんですか?」
「一緒に行かなきゃならねぇ理由がねぇだろ」
「理由ねぇ」
「糞ジジイ。なんだ、その含み笑いは」
「姉崎のお前の扱いは達人の域だ。側に居てもらう方が何かと良いんじゃないかと思ってな。お前の為にも周りの為にも」
「ケッ。余計なお世話だ」
「じゃあ姉崎さんは何処の大学に行くんですかね?」
「さあな。糞チビの子守りは卒業したみてえだが また友達に誘われたから~とかってふざけた理由で進路決めんじゃねぇの?お守り根性が染み付いてやがるからなケケケ」
「確かにな。名前が名前だけに手のかかる奴程放っておけないたちだな。なぁ、蛭魔」
「あん?」
「弟離れはしたかもしれないが、姉崎のアレはダメ男を放っておけないって根本的な性質だからそうそう治らんだろう。そう言えばそうダメ男をだめんずって言うらしいな」
「あん?何が言いてんだ?若ぶった言葉使ってるつもりか?てめえはなんもかんも古ィんだよ糞ジジイ」
「ある意味、究極のだめんずが目の前に居たら、そりゃあ放っておけんだろって話しだ」
その時、部室のドアが開き、まもりと新人マネージャー達が入って来た。
「お疲れ様。後は私がやっておくから、もう帰って良いわよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて、お先に失礼します。お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様。気を付けて帰ってね」
新人マネージャー達は蛭魔達にも挨拶すると仲良く帰って行った。
「おい糞マネ!コーヒーおかわり」
「もう!それが人に物を頼む態度?」
パソコンをいじりながらチラリともまもりを見ることなく、当然だと言わんばかりの態度でおかわりを要求する蛭魔に、一応、文句は言うものの、言う程気分を害した様子もなく、こちらも当たり前のようにコーヒーを煎れに行った。
蛭魔のコーヒーと一緒に自分のコーヒーも入れて来たまもりは蛭魔達の会話に加わった。
「何の話しをしてたの?」
「あぁ、それぞれの進路についてだ。そういえば姉崎は進路はどうするんだ?」
「炎魔大にね、一緒に行こうって友達に誘われてるの」
「わぁ!じゃあ姉崎さん、炎魔大に行くの?!」
まもりの言葉を聞いた栗田が声を弾ませた。
「大学は炎魔大じゃなくて最京大に行こうと思ってるの」
「はぁ?!」
まもりの進路について寝耳に水な蛭魔は思わず声をあげた。
「受かったらよ?」
蛭魔の驚きを別の意味にとったまもりは慌てて“受かれば”を強調した。
「だって、今までは蛭魔君の思い通りに出来ただろうけど大学では監督とか先輩とか、人間関係も色々変わって大変になるだろうし、部員も大勢いるからレギュラーとるのも凄く大変だと思うの。だけど私が居れば色々手助けできるから蛭魔君も少しは助かるんじゃないかと思ってね。」
「………。」
「それに何より蛭魔君って大学に行っても周り中に迷惑かけそうで心配で放っとけないんだもの!」
一番の理由はこれだと言わんばかりにまもりが言葉に力を込める。
そんなまもりに武蔵と雪光は微かに苦笑を浮かべたものの、素直にまもりの言葉を受け取った栗田は感激して万歳でもしだしそうな勢いだ。
「良かったね蛭魔!姉崎さんが居れば安心だね!」
「糞デブ、どう言う意味だ?!」
「姉崎、大変だろうが蛭魔を頼むな」
「良かったですね蛭魔君」
「糞ジジイに糞ハゲ!何ほざいてやがる!」
「いや~良かった良かった。なぁ、蛭魔」
「本当に良かったね蛭魔!」
ニヤニヤ笑う武蔵に満面の笑みの栗田。
何もかもが癪に触って喚いてみるがどれも「良かった」の言葉に呑み込まれる。
「糞!」
「良かった」が溢れる部室の中に蛭魔の言葉は虚しく消えた。
終わり
季節外れの卒業ネタ★
性懲りもなく、今も卒業ネタ書いてたりします。
17000記念は 卒業ネタになるか、蛭魔お誕生日ネタになるか?
とりあえず 書きあげれた方になりますv
頑張るぞー!

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