「乾杯」
軽く当てたグラスが涼しい音を立てた。
まもりと同じ年だと言うワインは大豊作の年だったそうで、ふくよかで深くどっしりとした味わいが味覚のみならず嗅覚も刺激し、彩り鮮やかな前菜から始まったディナーもどれもこれも素晴らしく、一口食べるごとに幸せを感じた。
さすがミシュランで何年にも渡って最高評価を受賞しているだけはある。
バンドの生演奏を聞きながらの優雅なディナーも残す所、まもりがなによりも楽しみにしていたデザートのみとなった。
おまちかねのデザートは食べるのをしばしためらうほど芸術的で、意を決してスプーンを入れた後は手を止める間もおしいほどの美味しさがあり、まもりは蛭魔の分までペロリと平らげてしまった。
ついつい食べ過ぎてしまったまもりはフレッシュなオレンジジュースをちびちび飲みながら少々後悔していた。
しかし後悔先に立たず。
豊潤な香りのコーヒーを優雅飲んでいる蛭魔から送られるあきれ果てた視線に返す言葉は何もなかった。
「美味し過ぎて食べ過ぎちゃった」
照れ隠しで笑えば、ふんと鼻を鳴らして蛭魔が笑った。
「てめえの食い意地張ってんのはいつもの事だろ。高校ん時から進歩のねえ」
「う、うるさいなぁ。すぐに高校の時のこと引き合いに出して、あれから何年立ってるのよ。妖一こそしつこくて進歩がないんじゃない?」
「真面目な風紀委員がつまみ食いなんてインパクトが強烈だったモノデ」
「うるさいです。高1の15歳で出会って、あれから10年だもんね。正確には初めて会ったのは入試の時だけど。…時の過ぎるのって本当にあっと言う間よね」
「あぁ」
「あれから10年かぁ…色々あったよね。ホント激動の10年って感じで、楽しいこと辛いこと色々あったけど、悪いことは一つもなかったなァ」
「てめえはジョブズか」
「ふふふ、好きなの、あのラブレター。妖一もくれる?」
「ラブレターは散々もらってんだろ」
「妖一からは無いです」
「いまわの際に考慮してやる」
「いまわの際なんて縁起でもないから却下。結婚10周年記念の時なんてどう?」
「強要するもんじゃねえだろ」
「それはそうだけど、まだ7年あるから考えておいてね」
優しく微笑むまもりの笑顔は何年立っても蛭魔にはまぶしく感じる。
「どうすっかな」
「何が?」
「ガキだガキ」
「ガキ?セナがどうかしたの?」
「…てめえはまだ糞チビから子離れできてねーのか」
「そんな事ありません!だって蛭魔君がガキって言うから。蛭魔君がガキって言ったら大抵デビルバットのみんなじゃない?ふふ、ひとつしか違わないのに、みんなの事『糞ガキ』って…お父さんみたいよね。」
「…相変わらずの天然か…。じゃあ、てめえはオカンか?」
「オカンって…なんでいきなり関西なのよ。じゃあ妖一はオトンね。オトンとオカン。ふふふ、子供もいないのにおかしー………あ、…ねぇ、もしかして…ガキって私たちの子供って事?」
「それしかねえだろ」
「いや、だって、今までそんな話ししたことなかったから…」
「だから今、話してんだろ」
「うん」
「いるかイラネーか」
「欲しい!」
まもりは即答で答えた。
前のめりなまもりの勢いに蛭魔もほんの一瞬気圧されたが、すぐにニヤリと笑いいつもの顔に戻った。
「では、奥様が太らないように食後の運動に付き合いマショウカネ」
「えっ」
「楽しみデスネ」
口調はいつもの人をおちょくるモノだったが、その瞳は存外優しくて、自分との子供を彼も望んでくれているんだと強く感じた。
「本当、楽しみ」
幸せに満たされたまもりはとびきりの笑顔を返した。
終わり
幸せ幸せ

PR