天国に一番近い島
部活を引退したら、二人の接点はまたただの風紀委員と学校切っての問題児と言う関係に戻るのかと思っていたが、運命のイタズラか、それとも悪ふざけか?
三年生になり、気付けば夏を前に二人は彼女彼氏の間柄になっていた。
だからと言って二人の雰囲気が甘く変化することはなく、寄ると触ると喧嘩する相変わらずな調子だった。
今日も今日とて、久しぶりのデートに胸をときめかせたのも一瞬で、事あるごとにからかって来る蛭魔に律儀にいちいち反論したり否定したりしてはいたがいつもと変わらない会話を、まあ、それなりには楽しんでいたまもりだったが、話しかけた蛭魔から反応が返らず、あまつさえ、その訳がナイスバディをこれ見よがしに露出しているイケイケなお姉さんに見とれてだと気付いた瞬間、まもりの怒りメーターは一気に振り切り、大声で「蛭魔君の馬鹿!スケベ!大嫌い!!」と叫ぶと同時に踵を返して走り去ると言う暴挙をやってのけた。
今は路地裏の古ぼけた喫茶店に逃げ込むように入り、注文をしてようやく一息ついた。
窓の外を腕を組んだカップルが通りすぎて行く。
初夏にしては暑い日射しに負けることなく見るからに仲睦まじい二人。
私と蛭魔君でアレはあり得ないな…。
運ばれて来たアイスティーに口をつける。
「あ、美味しい~」
全力疾走で渇いた喉によく冷えたミルクティーが心地良い。
ミルクと紅茶のバランスが絶妙で幸せな気持ちになれた。
改めて店内を見回す。
薄暗く古ぼけた店内にはまもりの他には客はいないようだ。
店同様に古ぼけた感じのマスターが一人、カウンターの中でグラスを磨いている。
くつろいでくると今まで気付かなかった事に気付けた。
この店の自慢は本格培煎のブレンドコーヒーらしい。
メニューと店内に漂うコーヒーの香りがそれを物語っている。
流れている音楽は意外にもクラシック等ではなく古い感じの歌。
昭和歌謡曲ってやつかしら?
小さな音量で流れる歌が、この店にしっくりマッチしているように感じる。
初めて入ったお店なのにこの馴染む感じって何なのかしら?
まもりは流れる音楽に耳を傾けた。
あ、この曲…。
小さい頃、母さんがよく料理してる時に歌ってた曲だわ。
最近の母の鼻歌のレパートリーは嵐とかカエラとかすっかり今時の歌になっていて、昔の曲を歌っているのを最近は聞いていないので懐かしく感じてしまう。
歌詞に聞きいる。
いつも私の事だけずっと想っててくれなくていいの
自分の夢にすぐムキになる そんなとこ 好きだからとても
I know you 恋した時みんな出逢う自分だけの神様
私が恋した時出逢ったのは悪魔だったな自分の考えにクスリと笑った時、ドン!窓を叩く音がして、まもりは驚いてそちらを見た。
窓の外には不機嫌な顔をした蛭魔が立っていた。
「いきなり人を罵倒して逃げたと思ったら、こんな所で茶していらしたとは優雅デスネェ」
「…スミマセン」
まもりの前の席にどかりと座った蛭魔は馬鹿にしきった顔でまもりを見ている。
一方のまもりは自分の方が怒っていたハズなのにくつろいでいる所を発見された為、縮こまるしかなかった。
「で?」
「で?」
「てめえ喧嘩売ってんのか?」
「売ってません!」
「突然、往来の真ん中で大声で人を罵倒した理由を是非お聞かせ願えませんかね?」
「!そうよ!怒ってるのは私よ!」
「てめえ、脳ミソの回路叩き治してやろうか?」
「慎んで辞退させて頂きます」
「どんな理由があったんですかねぇ?」
「だって…蛭魔君ヒドイんだもん…」
「だから何がヒドイのかわかるように簡潔に答えやがれ!」
「お色気ムンムンのお姉さんに見とれてた」
「はぁ?」
「私が話しかけたの気付かないくらい見とれてた」
「…」
そこで蛭魔の注文したコーヒーが運ばれてきた。
蛭魔は無言のままコーヒーを飲んだ。
あ、蛭魔君の好みの味だったんだ。
一口コーヒーを飲んだ時、蛭魔の右の眉が少し上がったのにまもりは気づいた。
美味しいと思った時の蛭魔の癖だと気づいたのはいつだったろう?
こんな時だけど、やっぱり彼の事が好きなんだと自覚する。
「蛭魔君ってああ言う服が好みなの?」
自分には到底着る勇気の無い服なので好みだと言われたら困ってしまう。
「はぁ…」
蛭魔は盛大にため息をつく。
「あのなぁ、俺はあんな服、好みでもなければ見とれてもいねえ!」
「えっ?だって返事してくれなかったじゃない」
「あのケバい女を見てた訳じゃねえ!大体、あんな服もあんな服着る女も好みじゃねえ。男の脳は露出の高い服着てる女見るとそんな気は無くてもその女を道具として認識するように出来てんだよ。人間じゃなくて道具だぞ?自分の女を他の糞野郎にそんな目で見られてえと思う奴は居ねぇだろうが」
「でも見るのは好きとか…」
「しつけえぞ!好きじゃねえっつってんだろ!俺が見てたのはあの女の後ろのショーウィンドウだ!」
「女の人じゃなかったの?」
「さっきからそう言ってるだろうが」
うんざりした感じに蛭魔が答える。
「…ごめんなさい」
「ったく。」
コーヒーを飲む蛭魔は口程、機嫌は悪くなさそうだ。
しかし、なんとなく気まずさがまもりの中で燻っていて会話は途切れた。
いたたまれない雰囲気にこのままでは駄目だとまもりは会話の糸口をあれこれ考えた。
「ねっ、天国に一番近い島って何処だと思う?」
「はぁ?」
突然の脈絡のないまもりの質問に蛭魔は怪訝な顔をした。
「あ、あのね、さっき『天国に一番近い島』って曲が流れててね、その曲聞いててふと天国に一番近い島って何処かな?って思ったの。ちょっと~そんな馬鹿にしきった目しないでよ」
「その『天国に一番近い島』って曲が主題歌として使われてる同名の映画ん中ではニューカレドニアって事になってんな」
「ニューカレドニア?どうして?」
「この地球上で一番早く夜が明けるからだとよ」
「そうなんだ…素敵ね。天国に一番近い島って表現するなんて」
うっとりとした表情をしたまもりに蛭魔はいつもの意地の悪い笑顔を向ける
「しかし、その理屈で行くと一番早く夜が明けるって事は一番早く夜が更けるって事だから地獄に一番近い島でもあるんじゃねぇの?」
「! また、そんなひねくれたこと言わないの!きっと地獄なんて考えられない素敵な島よ!」
「ホー。言い切りやがったな?天国か地獄か確かめようじゃねえか」
「えっ?」
「夏休みはニューカレドニアだ!覚悟しとけよ」
「はい?」
「よし!決定」
伝票を掴むと訳がわからず混乱しているまもりを置いてさっさと会計に向かった。
慌てたまもりが蛭魔にようやく追い付いたのは店を出てしばらく歩いてからだった。
「ちょっと蛭魔君!どう言う事?夏休みって」
「あん?去年も行っただろうがアメリカに!今年はニューカレドニアだ」
「合宿?デスマーチ?」
「親にはそう言っとけ」
「はい?」
「糞ちび共は同じ日程で俺の正真正銘、地獄に一番近い島で合宿だ!」
「そんな…」
「てめえだってさっきから『はい』って了承してるじゃねえか」
「あれは了承じゃなくて疑問符ついてるやつです!」
歩幅の広い蛭魔を小走りに追い掛けていたまもりは、突然止まった蛭魔の背中に思い切りぶつかった。
しかし蛭魔は少しもよろけることもなくまもりを振り返る。
「俺と天国と地獄に一番近い島に行きたいか行きたくないかだ」
真摯な瞳に身体中を射られたような感覚が走る。
心の片隅で両親に謝りつつ、「行きたい!」と叫んでいた。
満足気にニヤリと笑った蛭魔は「そん時はこれ着やがれ」と言うと、まもりに持っていた紙袋を押し付け歩きだした。
勘違いでまもりが走り去った時、蛭魔は何も持っていなかったはず…。
渡された紙袋の中身を確認したまもりは息を飲む。
蛭魔君が見てたショーウィンドウって…。
背を向けて歩く蛭魔の左腕に走って抱き付いた。
どうしてもにやけてしまう顔を見られたくなくて俯いたまま小さな声で「ありがとう」を言った。
耳の良い悪魔にはまもりのどんな小さな声も届いていて「おう」と返事をしてくれた。
まもりは腕を絡めたまま蛭魔と顔を見合せて笑い、歩きだした。
終わり
あ・・・・甘いですか?
一応、甘いヤツ目指してみました!
「天国に一番近い島」は小説が映画化になったものだそうです。
父親を亡くした少女が父親への想いを抱えて、父親が教えてくれた「天国に一番近い島」を探す旅に出て、そして、成長して帰ってくるお話だそそうです。
歌詞だけ見て 勝手にラブストーリー映画なんだろうと思ってました★
とっても綺麗な島みたいなので 是非、蛭魔さん 私も連れてって~!と思っちゃいます。
お楽しみいただけましたら 幸いです。

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