「………」
朝、蛭魔の優秀な頭脳は目覚めた瞬間に覚醒し、フル回転を始める……いつもなら。
そう、いつもならどんな寝起きだろうと難解な局面を瞬時に状況分析し、問題を解決する脳ミソが今朝は動かない。
それどころか考えることを拒否しているとすら感じる。
蛭魔は己の事を他人事のようにぼんやりと考えた。
閉じたカーテンの隙間からからはすでに空が晴れ渡っていることを知らせるように明るい日射しが射し込んでいる。
ベッドに上半身裸で身を起こしていた蛭魔は寒さを感じて昨夜、床に投げ落としていた上着を手を伸ばして拾いあげるととりあえず羽織った。
「…んっ…」
蛭魔が動いたことで布団も動き、それに反応して隣で布団に潜っていた物体が覚醒を始めてしまった。
「………」
息を殺して物体の行動を観察する。
物体は布団の中から白い手を伸ばすとサイドボードをペタペタと触った。
どうやら時計を探しているらしい。
いつもの場所に何故時計が無いのか、その答えが脳に伝達された瞬間、白い手だけだった物体は勢い良く布団から顔を出した。
―――亀みてえ。
そんな事を思いながら眺めていたら目があった。
「………」
「………」
「…おはよう」
「おう」
「えっと…今、何時?」
「ん、8時半」
「8時半?寝すぎた!急いでご飯するね!あ、でも、その前にシャワー借りても良い?」
「ああ、別に急がなくてもかまわねえけど」
「ゴメン。そのあたりに私の服落ちてる?」
蛭魔は再びベッドの下に手を伸ばして散らかっている服を適当に拾ってまもりに渡した。
「あ、ありがとう」
そう言って服を受け取るとまもりは再び布団に潜り何やらごそごそし始めた。
―――芋虫…
どうも頭が働かない。
どうしたものかとぼんやり考えていると、ぐちゃぐちゃながら服をどうにかこうにか着たまもりが布団の中から現れた。
「えっと…シャワー借りるね!」
そういうとよろよろと覚束ない足取りで、こちらを見ることなく、まもりは寝室を出て行った。
「大丈夫か?…しかし…風呂入るのになに着てんだ。もう全部見たから今さらだろうが…」
はぁとため息をついて蛭魔は再びベッドに転ぶと天井を見上げた。
すると昨夜の出来事が生々しく脳裏によみがえってきた。
白い肌に、匂いたつようなうなじ、両手に馴染む弾力のあるふたつのふくらみとその頂きにあるピンクの蕾。
自分の唾液で濡れててらてらといやらしく光るそれに嫌がおうにも性欲を掻き立てられ、飽くことなくむしゃぶりついてしまった。
薄い茂みをかき分けた先は薄桃色で固く閉ざされていた。
時間をかけて丹念にほぐした秘所に高ぶる己をつき入れた時の興奮と快感は思い出しただけで下半身に疼きを感じるほどだ。
昨日、初体験相手にぶっ倒れるまで容赦なくやったってのに…。
今まで働かなかった脳ミソが、昨夜の情事は細部まで鮮明に再生する。
―――サカってんな…。
自分の脳ミソのアホさに呆れ、蛭魔は再びため息をついた。
姉崎まもり―――
アイツはただのマネージャーだ。
自分の戦略には使える女だった。
最初は単にアホな奴らを勧誘するのに使える客寄せパンダぐらいにしか思ってなかった。
それが思わぬ才能を発揮して、いつの間にか一緒に作戦を練るまでになっていた。
今まで何もかも全て一人で決めて来た俺には新鮮で楽しかった。
その楽しさが作戦をたてる時だけでなく、ただ二人で部室にいる時だったり、一緒に買い出しに行ったり、二人で過ごす何気ない時間が楽しくなるのに時間はかからなかった。
だからこそ、男女の関係にはなりたくなかった。
欲望の捌け口なら手軽なのが何人もいたし、今の関係を壊す程の価値はないと考えていた。
アイツが鈍いのを良い事に知らんふりを決め込んで目を反らしていた。
それが…
台無しになってしまった。
何が起こったのか?
正直なところ、何故こんな事になったのかわからない。
魔がさしたとしか言いようがない。
昨日は大学でレギュラーになって初めての試合だった。
作戦と言う作戦が面白いほど当たった。
姉崎の部屋で二人でささやかな祝勝会を開いた。
ビールとワインを飲んだが、決して酔っぱらう量ではなかった。
それなのに…
本当に魔がさしたとしか言えない…。
ふとした瞬間
会話が途切れて、その時たまたま手が触れて、ついお互い目が合って、とっさに引き寄せたら何故かアイツが目を瞑ったから……
それからはなし崩しで……止まらなかった。
「糞!」
考えても埒はあかず
ガシガシ頭を掻くと ベッドを出て下着とズボンを手早く身に付けると勢いよくカーテンと窓を開け放った。
まもりと入れ換わりでシャワーを浴びて身体はさっぱりしたものの相変わらず頭は働いてくれない。
今だかつてなかった事だが、蛭魔はまもりにかける言葉をみつけられずにいた。
シャワーからでると朝食兼昼食の簡単な食事がすでに用意されていて、着席すると、まもりが温かいご飯と味噌汁をよそってくれた。
美味しそうな香りに急激な食欲を感じた。
向かいの席に座ったまもりが手を合わせて「いただきます」と言うので蛭魔も手を合わせ「ンっ」とだけ言う。
以前の蛭魔は挨拶などせずに食べ始めていたが、まもりと一緒に食べるうちにいつの間にかするようになっていた。
改めてその事に気づいた蛭魔はつらつらと自分と目の前で美味しそうにご飯を頬張るまもりの現状をかんがみる。
まもりに出会ってから自分も自分の周りも劇的に変わった。
八方塞がりでどうしようもなく足掻いていたのが嘘みたいに道が拓けた。
決して楽な道ではなかったが、試合にメンバーを集めるのすら苦労していたのが、徐々に仲間が集まり、夢のまた夢だったクリスマスボウル優勝を果たした上、ワールドユースに出場することもできた。
今ではデータの作成管理はもちろん、試合の作戦の組み立てから試合中の指示、日常の体調管理と多岐に渡って世話になっている。
アメフトを続ける限り、いや、いつかアメフトを辞めた後だろうと、自分にとってまもりは必要不可欠な存在なのだと唐突に理解した。
その想いは気づいた途端に成長を始めた事を蛭魔は自覚した。
加速度的に膨張する想いは今まで抑えられていたことが不思議なほどで―――…
「糞マネ、俺は絶対レギュラーの座奪い取って ライスボウルも制覇する」
バクバクとご飯を勢いよく食べ続ける蛭魔がいきなり宣言を始めたので まもりは何事かと箸を停めて蛭魔を見つめる。
「その先もどこまでいけるかはわからねえが 中途半端で尻尾巻いて逃げる気はねえ」
それだけ言うと 味噌汁を一気に飲み干し箸を置いた。
「生半端な道じゃねえが てめえはついて来れるか?」
じっと心の中まで見透かしそうな鋭い眼光を臆することなくまもりは見つめ返す。
「なめないでくれる?蛭魔君についていける女の子は私だけっていう自負も、誰にも負けないって意地も、絶対に勝つって決意も中途半端なものじゃないんだから!」
まもりの力強い言葉に蛭魔はニヤリと笑みを浮かべた。
「よろしくな相棒。こうなったらあの世まで道連れだ」
「望むところね」
まもりも不敵な笑みを返す。
そんなまもりに一瞬見とれた蛭魔は心の底から歓喜が沸き上がるのを感じた。
こいつとならどこまででも行ける_____
今まで、自分の為に勝利を手にしてきたが、これからは自分の為はモチロン、こいつの為にも勝ちに行くと決意した。
自分には無縁で不要だと思っていたものが 一瞬にして自分の世界を変えてしまった。
その威力は きっと力になる。
蛭魔も不敵な笑みを浮かべると、まもりとの未来の作戦を企て始めるのだった。
終わり
全部書き上げてるつもりが 途中で切れてて・・・
慌てて仕上げたのですが・・・
一体、私、ラストをどうしようと思ってたんだか全く思い出せず。
こんなになっちゃいました★
あはは~駄目ね★