プロローグ
大学に入って驚いた事がある。
「蛭魔君がモテてる…」
入学して初めての練習試合。
練習試合と言ってもただの部内の紅白戦で、上級生チームと新入生チームに分かれただけのものなのだが、そこはさすが強豪校だけあって、ただの練習試合でも観客はすずなりだ。
今年入学したばかりのまもりは知らなかったが実はこの毎年恒例の紅白戦はどれだけ上級生チームが新入生チームをこてんぱんにやっつけるかが見もので人気な名物試合だったりする。
大勢の観客のあちらこちらからあろうことか蛭魔にいくつもの黄色い声援が飛ぶのを目の当たりにしたまもりはその光景がにわかには信じられずしばし呆然と眺めた。
「なに言ってるの姉崎さん。当たり前じゃない」
先輩マネージャーが何を今さらと言った表情でまもりを見るがまもりはやはり信じられない。
「えっ!?だって蛭魔君ですよ!?」
「蛭魔君だからじゃない」
「あの蛭魔君がですよ!?」
「あの蛭魔君だからよ。なんたって最京大レギュラーQB候補NO1よ?それにワールドユースでの活躍は有名だしね」
「そうそう!顔良し、頭良し、スタイル良しの将来超優良株と来たらモテないわけが無い!」
一緒にいた他のマネージャーも話しに加わって来ていかに蛭魔が有望株か力説するが、高校時代の蛭魔の男女問わずの評判を知っているまもりはやはり信じられなかったーーーーーー
「蛭魔君。ご飯できたから机の上片付けてくれる?」
キッチンからかけられた声に蛭魔はリビングの机に広げていたパソコンや資料の撤収を開始した。
関西の大学に進学したまもりは当然ひとり暮らしを始めた。
全く見ず知らずの土地で最初はどうなるか不安だったまもりも蛭魔が居るおかげで心配することもなくあっさりこちらの生活に馴染めた。
いつの間にか晩御飯は毎日まもりの部屋で一緒にまもりの作った料理を食べるが日課になってはいるが、二人の関係は高校時代からなんら変わっていない。
同級生のアメフト部員とマネージャーのままだ。
「んっだよ」
しょうが焼きをたべ、ご飯を頬張っていた蛭魔が食べるのを中断して訝しげな表情をまもりにむけた。
「えっ?あ…えーっと…ご飯おかわりいる?」
「んっ」
残りをかきこみ茶碗を差し出した蛭魔に、まもりはいそいそとご飯をよそい茶碗を返した。
「今日の試合惜しかったね」
蛭魔は新入生チームのQBとしてあらゆる奇策を弄して上級生チームをすんでまで追い詰めた。
しかしそこは大学リーグ最強のチーム。
卓越したチームプレーの前に急ごしらえの新入生チームはわずかに及ばず敗退した。
「現時点での地力の差だな」
きっぱり言い切る潔さがなんとも蛭魔らしい。
「ちがうだろ」
「えっ?」
「てめえが考えてたのは試合の事じゃねえだろ?」
「えっ?えーっと…一応試合の事…かな?」
「どーせくだらねぇ事だろ」
「うーん。くだらないって言うか…驚いた事?」
「大差でこてんぱんにやられると思ってたのが僅差だったから驚いたとか言うんじゃねえだろうな」
「違う違う」
お茶を飲みながらジロリと睨み付けてくる蛭魔にまもりは慌て否定した。
「いや、たいしたことじゃないのよ?ただ、ほら、観客席から結構蛭魔君に黄色い声援が飛んでたじゃない?気付いてた?高校の時ってそう言うの全然なかったじゃない?だから蛭魔君に黄色い声援送る人が居るんだーって驚いたの。蛭魔君も自分で驚かなかった?」
「………くだらねぇ」
全く興味無さげに蛭魔は再び食べ始めた。
「えー、だってあんなにキャーキャー言ってもらったことないでしょ?」
「んっなことないぜ?泥門でもしょっちゅうキャーキャー言われてたぜ?」
「それは別の意味ででしょ?!悲鳴と声援は違います!」
「黄色かろうが野太かろうが興味はねえ、あるとしたら声援を使って試合を有利に進めるかどうかだけだ」
「全く。ほんとアメフト一筋なんだから。そんなんじゃいつまでたっても彼女出来ないよ?」
「彼氏無し歴18年の姉崎さんには言われたくないデスネ」
「うるさい!」
「だいたい、んっな足手まといはいらねー。そんなんにかまってるような無駄な時間はねんだよ」
「…蛭魔君にとって恋人って無駄なの?」
「無駄だな」
やはりきっぱり言い切る蛭魔に何故か胸の奥がズキッとしたのを感じてまもりは首をかしげた。
そんなんまもりにはお構い無しで箸を進めながらも蛭魔は言葉をつのらす。
「ミーハーでキャーキャー騒いでるような女は使えねぇから要らねー。足引っ張られるなんざ真っ平ゴメンだ。必要なのは使える女だけなんだよ。一緒に闘えるな」
「女の子にまで闘うこと要求するの?ちょっと酷くない?」
「出来ねー奴には求めねぇよ。無理してやられても良い事にはならねえだろ」
「そりゃあ…」
「だからはなから出来ねー奴は必要としねー。優しいもんだろ?」
「そう言われればそうだけど…」
「なんだ?優等生の姉崎さんは納得出来ねーんデスカ?」
「そう言う言い方やめてってば。…でも蛭魔君の彼女になるのってハードル高そうだよね」
「あん?そんな事ねーだろ。アメフトが好きならいんだよ」
「やっぱりアメフトなんだ」
「今はそれ以外にねんだよ」
「そっかァ。私もだけど蛭魔君も当分彼女出来そうにないね」
「ふん」
「彼女出来ないままヨボヨボのおじーちゃんになっちゃったりして」
「そん時はてめえはしわくちゃのババアだな」
「うるさいなぁ」
「ま、そん時はもらってやるよ」
「何を?」
「てめえを」
「……そりゃあどうも」
「だから安心してアメフトに打ち込みやがれ」
「えー、それって酷くない?!」
「将来を保証してやってんだから酷くねえだろうが」
「だってしわくちゃのおばあちゃんになるまでアメフトに打ち込まなきゃいけないんでしょ?私はちゃんと結婚して子供は最低二人は欲しいからもっと早く結婚します」
「善処してやる」
「よろしくお願いいたします…ってなんで蛭魔君と結婚する話しになるのよ!?」
「別に俺は構いませんよ?てめえは使える女だからな」
「……!!」
ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる蛭魔にまもりは言葉が出ない。
確かに蛭魔の言葉を喜んでいる自分の存在を強く感じた。
今まであえて考えないようにしていたが自分は蛭魔の事が好きなのかもしれないと自覚した。
「……蛭魔君、それ…本気?」
「おう。ごちそーさん」
きれいに食べ終えた蛭魔はさっさと食器を流しへと運ぶと帰宅途中に買った雑誌を読み始めた。
その姿はいたって普通でどぎまぎしている自分が何だかアホらしくなってくる。
からかわれているだけなんじゃ…?
食べ終えたまもりは二人分の食器を洗いながらモンモンとした気持ちになる。
モヤモヤした気分のまま食後のコーヒーを蛭魔に差し出し自分は甘めのミルクティーを飲む。
ちらちら蛭魔の様子を伺うがやはり普段とかわりがない。
「ねえ蛭魔君。さっきの事だけど」
「まだ何かあんのか?」
「結婚しても構わないって言ったじゃない?」
「おう」
「それって蛭魔君って私のこと好きって事?」
「嫌いな奴とは結婚しねえだろう?」
「うん。まあ、そうなんだけど…」
「てめえこそどうなんだ?」
「私?私は……そう言われれば好きなのかも?って…」
「なんだそりゃ」
「いや、だってしょうがないじゃない!?今までそんなこと思いもしなかったんだもん」
「相変わらずボケてんな」
「うるさいなぁ」
「ま、そう言う所も面白ぇから良いがな」
「うっ…」
ついさっきまでなんともなかった蛭魔の言動にいちいち反応してしまう自分が恨めしい。
なんだか負けてる気分になってしまう。
「この資料は明日迄にまとめとけよ」
手元のファイルを投げてよこされまもりはなんだかなぁと釈然としないものを感じるが相手は蛭魔だから仕方ないと小さくため息をついた後、了解の返事をした。
「よし。じゃあな」
いつも通りさっさと玄関に向かう蛭魔を追いかけてまもりもいつも通り蛭魔を見送るために玄関に向かった。
「気をつけてね」
靴をはきおえた蛭魔が振り向いたが、いつもと違いその顔は真剣に見えてまもりは目を奪われた。
「まもり」
初めて呼ばれた自分の名前にまもりは胸の奥に甘い疼きを感じた。
そっと長い指をまもりの頬にそえ、少し上を向かせると蛭魔はゆっくり顔を近付けた。
迫ってくる蛭魔の顔に思わず目を閉じたまもり、唇にふれた感触で自分と蛭魔はキスしているのだと理解した。
キスしていた時間は些細なもので「じゃあな」とあっさりと蛭魔は踵を返した。
瞳を開いたまもりが見たのは扉から出ていこうとしている蛭魔の背中で、その瞬間、どうしようもない寂しさに襲われてまもりは思わず蛭魔の服の裾を掴んでいた。
「なんだ、てめえ」
扉から半身出した状態で蛭魔がまもりを振り返る。
「えっ?いや、あの…なんだか急に寂しくなっちゃって…」
無意識にやってしまった行動にまもりは慌てはするが蛭魔の服は離さない。
「離してくれますか?こっちはなけなしの理性振り絞ってんだぞ」
「だって…」
「離さねえと今度はてめえを食うゾ」
「・・・・」
「・・・ジョークだ。マジになんな」
「・・・・・蛭魔君なら・・・」
まもりの小さくかすれた声に蛭魔は頭の奥で理性の切れる音を聞いた。
まもりを引寄せ抱きしめると「覚悟しろよ」とまもりにとも自分に向けたものともわからぬ呟きを残して後ろ手に扉に鍵をかけた――――――。
END
これを書きあげた直後は よし!この続きのシーンも書くゾ!って張り切ってたんですが…
期間があくとダメですね★
今さら書けないよ~~~。
さて、次のお話のラストを書かねば ~~~

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