大声ダイヤモンド
「まったくもう!」
やや乱暴に持っていた資料ファイルを机に置くと、パソコンをいじっていた蛭魔がチラリと視線だけをまもりに向けた。
「おい、糞マネ。てめえが怒ろうが憤死しようが知ったこっちゃねーが、部の備品破壊する真似だけはすんなよ」
「蛭魔君じゃあるまいし部の備品破壊なんてしません!憤死もしません!」
「なら良いがな」
「本当にもう!なんで私がよりにもよって蛭魔君なんかと…」
蛭魔の軽口に更にムッと来たまもりが不満を口にしかけたが途中で口をつぐんでしまった。
「あ?俺がどうかしたか?」
「なんでも無いです!」
何の事かわからない蛭魔は微かに眉をすがめてまもりの顔を見つめたが、すぐに興味が失せた様子でパソコンへと視線を返した。
「大方てめえの怒りの原因は俺で、理由は糞チアに『妖一兄とお似合い~』とか気色悪いこと言われたんだろ」
「何でわかったの!?」
「俺も糞チアに『まも姐とお似合いなのに~』とかふざけたこと言われたからな」
「蛭魔君にも言ったの!?まったくもう!どこをどう見たらそうなるのかしら!?私なんてこの間、どぶろく先生にまで言われたのよ?!信じられない!有り得ない!」
「まったくだ。俺とてめえが付き合うなんざてめえがシュークリームつまみ食いしねぇくらい有り得ねえな」
「何それ。つまみ食いなんてそんなにしません!それを言うなら『蛭魔君が制服のネクタイをするくらい有り得ない』よ。風紀委員会の度に蛭魔君の名前が上がってるんだからね。一回くらいネクタイしても罸は当たらないわよ?」
「ケッ。じゃあてめえに交際申し込む時にはネクタイしてやるよ」
「……それって……蛭魔君が制服のネクタイをすることは無いって事じゃない?!そんなの駄目よ!校則はちゃんと守って下さい!」
「やなこった。おら、鍵閉めるぞ。早くしやがれ」
「もう!勝手なんだから!」
あれから数ヶ月――――
泥門デビルバッツは快進撃を続け、ついには帝国高校を打ち破り見事全国優勝と言う快挙を成し遂げた。
「あっ!栗田君!蛭魔君見なかった!?もうすぐ優勝報告会が始まるのに教室にも体育館にも居ないのよ」
「部室にも居なかったよ?」
「えぇ!?部室にも居ないの!まったくもう!どこ行っちゃったのよ!?」
「あ!もしかしたら体育倉庫かも!?僕、跳び箱の中を見て来るよ!」
「……さすがにそこには居ないと思うけど……」
ドスドス走って行く栗田を見送りまもりは小さく息をついて暫し思案する。
「蛭魔君、本当にどこ行っちゃったんだろ。後は……」
まもりは薄暗い階段をかけ上がり重い鉄の扉を開けた。
屋上は12月の冷たい風にさらされていて思わず身震いする。
風で乱れる髪をおさえながら目的の場所に目をやると、そこに探し人を発見した。
給水塔が設置してある高い段に蛭魔はいた。
寝転んでいるようで段からはだらりとたらした足だけが見える。
何度もテーピングを巻いた足だ。
足を見ただけで蛭魔だとわかる自分がまもりは少しおかしかった。
「蛭魔君!こんなところで何やってるのよ!式が始まっちゃうわよ!」
「おー糞マネ来たか」
「早く降りて来て!蛭魔君!」
「おー…糞マネ、覚えてっか?」
「何を?」
「もうすぐ優勝報告会だな」
「そうよ!だから早く降りて来て!」
「優勝報告会にはやっぱやらなきゃなんねえだろうなァ」
「何を?…もしかしてネクタイ?ネクタイするのが嫌でこんなところに逃げてるの?ちょっとの時間じゃない。覚悟決めて降りて来なさい!」
「…そうだな…覚悟決めっか」
そう言うと蛭魔は勢いよく起き上がり、その勢いのまま、まもりの前に飛び降りた。
「もう!びっくりするじゃない!」
突然目の前に飛び降りて来た蛭魔にまもりは驚きのあまり一瞬動きを止めたが、そこは伊達ではない付き合いからすぐに体制を立て直した。
「蛭魔君!怪我したらどうするの!?飛び降りるなんて危ないでしょ!」
「出せ」
「はい?」
「てめえの事だ、持ってんだろ?」
「やるの?」
「人の首にくくりつけるために来たんだろ」
「何その失礼な言い方…はい、これ」
「ンっ」
「…何それ。私にやれって事?」
「おう」
「蛭魔君、ラスベガスではちゃんとネクタイしてたよね?出来ないわけじゃないのになんで自分でやらないのよ?まったくもー」
そう言いながらもまもりは自分のポケットから取り出したネクタイを手際良く蛭魔の首に巻き始めた。
身長差のおかげでネクタイがちょうど巻きやすい位置だ。
「はい、出来上がり」
今までいくら言っても巻いてくれる事のなかった蛭魔の首にきっちりとネクタイをしめられたことにまもりは満足感を覚えて微笑んだ。
「姉崎」
蛭魔のネクタイを整えていたまもりは一瞬、思いもよらない呼び掛けにフリーズしてしまった。
「……蛭魔君…今、なんて呼んだ?」
「姉崎」
「!!」
再び呼ばれた事でようやく蛭魔が自分を呼んだんだと理解できた。
それでもまだまもりは軽い混乱をきたしていたが蛭魔はそんなまもりにはお構いなしで話をすすめる。
「姉崎、俺と付き合ってくれ」
「!?」
蛭魔のネクタイに触ったままのまもりはすぐにでもキスが出来そうな距離にある蛭魔の顔をまじまじと見つめてしまった。
「……いきなり何言ってんの?」
「付き合うか付き合わないか聞いてんのは俺だ」
「だっていきなり過ぎてワケわかんないもの!なんでいきなりそうなるの?!」
顔を真っ赤にしてあたふたしているまもりに蛭魔は小さく舌打ちをする。
「ネクタイしめる時はてめえに交際申し込むって言っただろうが」
その言葉に数ヵ月前の些細なやりとりをまもりは思い出した。
「あれって『交際を申し込む時はする』じゃなかった?」
「だから申し込んでンだろうが」
「………」
しかし、この状態はは交際を申し込むからネクタイをしたのではなく、ネクタイをしたから交際を申し込んだとしかとれなくてまもりはなんとなく納得いかない気持ちになった。
そんなまもりには当然蛭魔は構いはしない。
「てめえ何度も告られて慣れてんだろ。さっさと答えヤガレ」
「だっていつも断ってるから…断るのは慣れてるけど、受けるのってどう言えば良いかわかんないんだもの!」
ニヤリと蛭魔の顔に人の悪い笑みが浮かぶ。
「それで上等じゃねえか」
「えっ?」
「断る気はねえって事だろ?」
「あ…」
蛭魔に言葉尻をとられまもりは自分の迂闊さに気付いた。
「ケケケ。すんげー間抜け面!」
「なっ…ンッ」
大笑いしたかと思うと蛭魔は見事な素早さでまもりにキスをした。
されたまもりは突然の出来事に再びフリーズした。
「ネクタイの駄賃だ。おら、行くゾ」
呆然と立ち尽くすまもりを置いて蛭魔はさっさとドアを開けて去って行く。
「蛭魔君!!何よそれ!?人のファーストキスを何だと思ってんのよ!?」
我にかえったまもりが抗議の声をあげながら追いかけてドアを開けると、蛭魔は屋上へと続く階段をすでに下まで降りていた。
まもりが仁王立ちして上から文句を言おうと口を開いた瞬間、蛭魔が振り返ってニヤリと笑った。
「愛してるぜ姉崎まもり」
「!!」
いつもの軽い感じの口調だけれど、まもりには蛭魔の真剣な気持ちからの言葉だとわかった。
胸がいっぱいになってまもりは心の底から自分の気持ちを自覚した。
その瞬間、まもりは階段を下から三段目まで思い切りかけ降りて、そして蛭魔にその勢いのまま飛び付いた。
「ウグッ…!」
アメフトで鍛えた身体はしっかりとまもりを受け止めはしたが衝撃はかなりのものだった。
まもりは蛭魔の首にしがみつくように腕を回してくっついて離れない。
「てめえ、天下のQB様にサック喰らわすとは良い度胸してんナァ」
「蛭魔君」
「あん?」
「蛭魔君」
「何だ」
「蛭魔君」
「だから…」
「好き!」
「!!」
「好き!大好き!!」
首が締め付けられるほど力強く抱きついているまもりからの盛大な告白に蛭魔はしばし言葉をなくす。
まもりの言葉が脳にすっかり浸透した蛭魔は遠慮なくまもりの身体を抱き締める。
そんな蛭魔に負けじとまもりも蛭魔の首にしがみつく。
ぴったり密着しあった蛭魔の目の前にはまもりの白いうなじがさらされている。
蛭魔はその白いうなじをペロリと舐めあげた。
「きゃっ」
背筋がゾクリとしてまもりは思わず腕の力を緩めた。
その瞬間を狙っていた蛭魔はまもりの腰に回した左手はそのままに、逃げれないよう右手で後頭部をしっかり固定して深く口づける。
最初こそ抵抗をみせたまもりだったが、蛭魔の強引さにほどなく躊躇いながらも応え始めた。
その行為がさらに蛭魔を勢いづかせる。
体勢をかえまもりを壁に押し付けさらに深く密着する。
まもりの頭を抑えていた手はいつしかはずされ、スカートの裾から入り太ももを撫でていた。
「ンンッ!?」
不埒な蛭魔の手に気付いたまもりはとたんにジタバタと抵抗を始めた。
蛭魔もこれ以上続ける気はなかった様ですぐに手は引っ込めたが相変わらずまもりを離しはしない。
口づけをといたとたん顔を真っ赤にしたまもりが抗議の声をあげる。
「ひ、蛭魔君のスケベ!!」
「てめえだって応えだろうが」
「でも、だからっていきなり…」
「つい、勢いだ」
「ついであんな事しないでよ!ここをどこだと思ってるのよ!?」
「学校」
「そう、学校よ!学校でこんな…」
「不純異性交遊はイケませんってか?」「そうよ!誰それにかに見られたらどうするのよ!」
「風紀を守る風紀委員は困るだろうナァ?」
「そうよ!ただじゃあ済まないわよ!学校でこんな事しないで!」
「学校じゃなきゃ良いのか?」
「え?…いや、そう言う意味じゃあありません!」
しっかり抱きあったままいつもの言い合いが始まった。
「この抱き合った状態見られんのもヤバくねえか?」
「そうよ!ヤバいわよ!それに急がないと優勝報告会が始まっちゃう!」
「だな…」
打った相槌とは裏腹に蛭魔は見事な指さばきでまもりのリボンとブラウスのボタンを胸元まで外した。
それはほんの一瞬の出来事でまもりは自分に何が起こったのかわからない程だった。
蛭魔は広げた胸元、鎖骨の辺りに口づけて赤い跡を残した。
「きゃっ!?蛭魔君、何したの!?」
「印つけた」
「えぇっ!?何すんのよ!!」
「なんならてめえもするか?」
そう言うや蛭魔はまもりがしめてくれたネクタイを緩めるとワイシャツのボタンを外しこれ見よがしに首筋をまもりに差し出した。
蛭魔はニヤニヤと楽し気で、どうせまもりには出来はしないと思いきった顔をしている。
ヤられっぱなしでムッと来たまもりは蛭魔の首筋にかじりつくようなキスを思い切りした。
「イテッ」
まもりがキスした場所が見なくてもわかるくらいまだ痛みがあり蛭魔は思わず手でおさえた。
「てめえ、人の首、食い破る気か?!」
「ごめんなさい。加減がわからなくてつい…」
「ついであんな事しないで下サイ」
先程のまもりの言葉を真似てまもりをからかう蛭魔の顔は心底楽しそうだ。
「ごめんなさいって言ってるでしょ!それより急がないと!」
「あぁ、ンッ」
顎を少しあげネクタイをしめてもらうポーズをする蛭魔にまもりは微笑みながら蛭魔のネクタイをしめなおした。
きっちりネクタイをしめた後、襟の部分ギリギリからほんの少しまもりがつけた跡がのぞいている事に気付いてまもりは真っ赤になりながら慌てた。
「今日はネクタイが一日はずせねえな~。さすが風紀委員さん、計算デスカ?」
「そんなわけないでしょ!!」
ニヤニヤとからかってくる蛭魔にまもりはてんぱっていちいち素直に反応を返すので蛭魔はますます上機嫌になって行く。
「おら、行くゾ」
「う、うん」
さっさと歩き出した蛭魔に手を引かれ、まもりは小走りに蛭魔の隣に並んだ。
終わり
本当は屋上で終わりのはずだったのに蛭魔さんが暴走してくれたおかげで無駄に長くなっちゃったよ★
1つお姉さんになったことだしちょっと色っぽくしようと思ったら蛭魔さんが単なる変な人になってしまった・・・・ガックリ

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