クリスマスボウルは劇的な逆転により泥門デビルバッツが優勝を果たした。
試合終了後、興奮冷めやらぬメンバーは蛭魔の指示でドームに程近いホテルへと移動していた。
普段着では足を踏み入れるのを躊躇うほど格調高いホテルの雰囲気に飲まれたメンバーの足は入り口で止まってしまった。が、蛭魔は勝手知ったるなんとやら、当たり前のようにホテルに入ってロビーへと向かう。
「なんて言うか、蛭魔さんって本当に凄いよね」
「あぁ、格が違うって言うか…ナァ」
「さすが悪魔なだけはある」
羨望とも呆れともつかぬ視線を向けて、一行はすごすごと蛭魔の後へと続いた。
「わあ!綺麗な部屋!まも姐、私、窓側のベッドでも良い?!」
広々とした部屋はツインでも勿体ない程で、鈴音は興奮しきりだ。
メンバーは二人一組に組分けされ、蛭魔からルームキーのカードを渡されると、パーティーが始まるまで各々、くつろぐために部屋へと別れた。
鈴音はもちろんまもりとペアだ。
「鈴音ちゃん。パーティーが始まるまでの休憩するだけで泊まる訳じゃないのよ?」
「でも妖一兄が『泊まっても構わねぇぞケケケ』って言ってたよ?」
「ふぅ…鈴音ちゃん。明日は終業式よ?明日の朝、家に帰って制服に着替えてから学校行くの?」
「あっ!そっか~…残念!こんな素敵なホテルに泊まるチャンスなんて最初で最後かもしれないのに―!」
鈴音は思い切りダイブしたベッドの上でジタバタと悔しがった。
「パーティーが始まるまでに服、着替えなきゃ。準備しよっか?」
「そうだね!フフン。今日こそはセナに『見違えた』って言わせるんだから!」
鼻息荒く気合いを入れる鈴音を微笑ましく思いながら、まもりも自分の準備を始めた。
「まだパーティーまで時間有るね」
「思いの外、準備早く出来ちゃったわね」
「ねぇねぇまも姐。セナ達の部屋行ってみない?」
ウキウキした様子で鈴音が提案してきた。
「え、でも部屋番号も知らないし…」
「大丈夫!セナ達の部屋のカードキー番号見たから知ってるの!ね?行こうよ!」
「う…うん」
半ば鈴音に引っ張られる感じでまもりは部屋を出てエレベーターへと乗った。
セナ達の部屋はまもり達の部屋の一つ下の階にあった。
静かな廊下を鈴音は迷うことなく歩き目的の部屋を見つけた。
トントン
「は、はいっ?!」
鈴音がドアをノックすると慌てた様子でセナとモン太が顔を出した。
「なんだ鈴音かぁ」
「全くおどろかすなよな!」
どうやら二人は頼んでもいないルームサービスが来たと勘違いして慌てたらしい。
それがルームサービスではなく鈴音だと知りおおいに胸を撫で下ろした二人だったが、勘違いされた鈴音は面白くない。せっかくのドレスアップをそっちのけで二人がのほほんとするのが気に食わないのだ。
「ちょっと!他に何か言う事ないの?!」
「鈴音ちゃん、大きな声は他のお客様に迷惑だから…」
「あ!まもりさん!今日も凄く綺麗で色っぽいです~」
そう言いながらいつもの如くモン太は昇天する。
「まあ、鈴音もまもり姉ちゃんも部屋に入ってよ」
モン太を抱えながらセナが二人に部屋に入るよう勧めた。
「うん!お邪魔しま―す!」
喜んで部屋に入る鈴音にまもりは気まずそうに声をかけた。
「鈴音ちゃん。私、ちょっと用事思い出したから…後で会場で会いましょうね?」
それだけ言うとまもりは踵をかえし、再びエレベーターホールへと小走りに戻ってしまった。
その背中を見送る鈴音の頭にはピンとアンテナのような髪が立ち上がっていて思わずセナは後退ってしまった。
しかし、鈴音はまもりの姿が角を曲がり見えなくなるとしなやかな猫を思わせるような身のこなしでまもりの後を追った。
角の先にはエレベーターを待つまもりの姿があった。
ほどなくしてやって来たエレベーターもまもりが乗り込み、ドアがしっかり閉まったのを確認してから鈴音はエレベーターの前へと飛び出した。
視線はエレベーターがどこにいるのか示す表示ランプ。
「あれ~?なんだ違ったんだ。残念~」
「何が?」
モン太を部屋の中に放り込み鈴音を追いかけて来たセナが尋ねた。
「まも姐ったら慌ててる感じだったからてっきり妖一兄の所に行くんだと思ったのに!」
「はい?」
「妖一兄の部屋は13階のシングルなのよ」
「な、何でそんなこと知ってるの?」
「カードキー配る時、チラッと13って数字が見えたし、妖一兄は部屋割りで誰ともペアになってなかったからさ」
「へぇー…」
エヘンと得意気な鈴音にセナは少々引いてしまう。
「でも、エレベーター、一階に降りちゃったから違ったみたい。何の用だったんだろ?」
「そんな事よりモン太が心配だよ。早く帰ろうよ」
「うん…」
鈴音は気になりながらもセナの部屋へと戻って行った。
コンコン
暫く待っても反応が無いのでまもりは前よりも強くドアを叩いた。
「ウルセェ!喧嘩売ってんのは何処のどいつだ?!」
「喧嘩なんて売ってません」
思い切り不機嫌な顔でドアを開けた蛭魔の前に立っていたのはまもりだった。
「入っても良い?」
「…その手に持ってるもん置いて行きゃ良いだけだろうが」
まもりが手に持っている物に視線を向けた蛭魔が素っ気なく返すがまもりはお構い無しで蛭魔を押し退け強引に部屋へと入った。
「ったく、何しに来やがった」
強引に部屋へと入ったことは咎めず、蛭魔はまもりの後に続いた。
蛭魔の部屋はシングルはシングルだったが、広い室内に大きなベッド、サニタリィグッズもきちんと二人分用意されていなんだか一人で使うのはとても贅沢だ。
「はい。脱いで」
「あん?痴女出現か?」
「違います!試合の後、蛭魔君ちゃんと腕を冷やして無いでしょう?」
「冷やした」
「え?氷もらったの?」
「シャワーで冷水浴びたから良いだろ」
「はぁ?!今時分冷水浴びるなんて何考えてるの?!風邪ひくわよ?!」
「鍛え方がチガウ」
「そりゃ馬鹿は風邪ひかないって言うけど、そんなの迷信でアメフト馬鹿だって風邪ひく時はひきます!全くもう!良いから腕みせて!」
どこまでも強引なまもりに蛭魔は観念して大人しく着ていたTシャツを脱いだ。
「腫れてるじゃない!早く冷やさないと…。こんな事だろうと思ったからフロントで氷もらって来て良かった」まもりはベッドに上がると、ベッドサイドに座らせた蛭魔の蛭魔の肩を後ろから手際よく冷やす。
思っていたよりも腫れていた蛭魔の腕にまもりは呆れたようにため息をついた。
「蛭魔君ってなんで自分の事は無頓着なの?放って置けないじゃない。全くもう!」
「ケケケ。進んで奴隷志願して来る誰かさんが居ますからネェ?」
「何?!その言い方。蛭魔君は大学でもアメフトする気なんでしょ?」
「たりめーだ」
「じゃあ、ちゃんと体調管理もしないと。身体が資本なんだからね!」
「……」
「人の事にはすぐ口出すし、思い立ったら即実行だし、やることは余計なオマケ付ける位やるクセになんで自分の事は出来ないのかしらね?」
「放っとけ」
「放っとけません」
「あん?」
「しょうがないから大学でも面倒見てあげる」
「ほほぅ。立派な奴隷根性だな」
「嬉しいでしょ?」
「嬉しくて涙が出そうデス」
「何よ、もう!茶化してばっかり…きゃっ?!」
まもりは一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気が付いたら目の前には蛭魔のドレスアップ。
ようやく、いきなり振り返った蛭魔に自分はベッドに押し倒されたのだと理解出来た。
「えぇ?!」
「茶化さなくて良いんデスカ?」
「えーっと…」
突然の事に思考が混乱する。
みんなには内緒にしているが、実は少し前から蛭魔と付き合っていたりする。
ファーストキスだって付き合うことになった時に済ませたし、その後も片手で数えられる位はした。
だから今までと同じと思えば良いのだけど、ベッドの上と言うシチュエーションがそれを許さない。混乱している間にも蛭魔の顔は迫って来る。
「ひ、蛭魔君!」
「あん?」
「お、おめでとう」
「…」
蛭魔は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「良かったね」
その顔が可笑しくて、まもりは微笑んで蛭魔の肩に手を回した。
啄むようなキスから深い口付けへと徐々に変わって行く。
抱き締められる力も徐々に強くなって来て、心臓がドキドキ速くなり息が苦しくなる。
それなのに『口紅落ちちゃったから後で直さなきゃ』なんて頭の片隅で考えている自分が可笑しくなる。
「なに笑ってんだ?」
キスを止めた蛭魔が問いかけて来た。
「え?いや、別に…。あ、それよりもうそろそろパーティー始まる時間じゃない?準備しなくっちゃ!」
「チッ」
短く舌打ちして蛭魔が身を起こすと、まもりバネ仕掛けの人形のように飛び起きた。
「やーい、頭ぐちゃぐちゃ。ケケケ」
「うそ?!イヤー!洗面所借りるね!」
慌て洗面所に飛び込むまもりに呆れながら蛭魔はタキシードへと着替え始めた。
試合で少々無理し過ぎたせいか右手が思うように動かず、タイが上手く出来ない。
手こずっている所へ洗面所からまもりが出て来た。
まもりは何も言わず蛭魔からタイを受け取ると蛭魔の首へ綺麗につけた。
口紅とセットを直したまもりはやはり綺麗で、再び口付けしたい衝動に駆られるがグッと理性で抑え込む。
「ねぇ蛭魔君」
「あん?」
「クリスマスボウルの願いは叶ったじゃない?」
「叶ったんじゃねぇ。叶えたんだ」
「うん。そうね。だったら次の願いは何?」
「あん?次の願い?」
「うん。サンタさんに何をお願いする?」
「てめえ…まさかまだサンタクロースなんぞ信じてんのか?」
「チガウけど!願うとしたら!」
「サンタにお願いねぇ…」
イタズラを思い付いたような人の悪い笑みを浮かべて蛭魔はまもりの耳元へ囁いた。
蛭魔の願いを聞いた瞬間、まもりの顔は真っ赤になったが、くっと踏ん張ると勢い良く蛭魔の唇に触れるだけのキスをした。
「きっと蛭魔君のお願い、サンタさんが叶えてくれるよ!じゃあ、先に会場行っておくね!」
逃げるようにドアへと走るまもりを蛭魔は唖然と見送る。
ドアが閉まる瞬間、再びまもりが顔だけドアの隙間からのぞけた。
「口紅ついちゃってるから拭いてね!」
真っ赤な顔のままそれだけ言うと勢い良くドアを閉めた。
照れているのがバレバレだ。
今夜のクリスマスを楽しみに思いながら、蛭魔は腹の底から大笑いした。
終わり

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