日曜日は何処へ行った?
ワールドユースが終わっても泥門は日々、ハードな練習をこなしていた。
相変わらずのアメフト漬けな毎日の中、今日は久々に丸1日練習の無い日曜日だった。
日曜日は部活無しだと告げられた時、部室には歓声が上がり、部員の誰もが浮かれた。
セナや鈴音ちゃんがみんなで一緒に遊園地に行こうと誘ってくれたが、まもりは用事があるからと断った。
それと言うのも、まだみんなには内緒にしているが、最近、付き合いだした蛭魔から誘われるかもしれないと思ったからだ。
しかし、蛭魔がデートに誘ってくれる事はなく、まもりは一人の休日をもて余していた。
午前中はもしかしたら…と、淡い期待を抱いて携帯とにらめっこしながら部屋の掃除をして過ごした。
お昼ご飯を食べ終えても鳴らない電話に寂しさを覚え、窓から見える快晴の空に家でじっとしているのが馬鹿らしくなり、もうすぐ誕生日の鈴音への誕生日プレゼントを買い出かけることにした。
目的地は麻おう駅前に最近オープンした雑貨屋。
凄くお洒落で可愛い雑貨が沢山有るとクラスメイトが話しているのを聞いて今度行ってみようと思っていた店だ。
さすが評判なだけはある、とても素敵なお店だった。
一時間ほど店内をぶらついたが、その間、あれも良い!これも良い!と目移りしまくった。
最終的にはカラフルなタイルで縁取られた可愛い写真たてを鈴音のプレゼントに購入した。
プレゼントが決まらなければ、決まるまで雑貨屋巡りをしようと思っていたのに一軒目で決まってしまった。
帰るにはせっかくここまで来たのに早い気がするし、かと言って行きたい所も買いたい物もない。
しょうがないのでどこかお洒落なカフェでお茶でもしようと歩き始めた。
駅から少し離れた所にこじんまりとした落ち着いた感じの喫茶店を見つけまもりは入った。
窓際の席に座り、ミルクティーを飲みながら外を眺める。
外を仲良さげなカップルが通りすぎて行く。
あれが恋人同士の普通の姿よね…。
ついため息が出てしまう。
携帯の着信を調べてみるがやはり着信は無い。
頬杖をついて再び窓の外を眺めているうち、ある看板が目に入った。
前に栗田と二人で話していた時、たまたま話題は蛭魔の家についてになった。
今はどうか知らないが、中学時代はビジネスホテル住まいしてたと言っていた。
その時、蛭魔が住んでいたと言うビジネスホテルの名前が、今、見ている看板と同じだ。
まだ住んでるのかしら?
さすがにもう住んでないかな?
もし、まだ住んでいたら…。
住んでいないにしても もしかしたら今の住まいがわかるかも?
まもりは決意を胸にミルクティーを飲み干した。
蛭魔君が住んでるくらいだからもっとおどろおどろしいホテルを想像しちゃってたわ…。
ごく普通の小綺麗な外観にまもりは少々拍子抜けしてしまった。
蛭魔君、まだ住んでるのかしら?
もし居たらどうしよう…。
急に来るなとか怒られるかしら?
…でも…彼氏の住まいも知らないって方がおかしんだから!
蛭魔君が怒ったって構わないモン。
いざホテルに入るのは勇気がいったが、なんとか自分を奮い立たせて自動ドアをくぐった。
「あっ…」
ロビーに入ってまず目についたのは泥門デビルバッツの勧誘ポスター。
落ち着いたロビーの中でそこだけが異才を放っている。
蛭魔が確かにここに居た証明に思えてまもりは思わずくすりと笑ってしまった。
本っ当にアメフト馬鹿なんだから…!
緊張がとけたまもりは足取り軽くフロントへと向かった。
「あの、すみません。こちらに蛭魔妖一って人、宿泊していませんか?」
蛭魔の名前を口にした途端、フロントマネージャーの顔に緊張が走ったのがわかった。
「失礼ですが、蛭魔様とはどのようなご関係で?」
「えっと、私は蛭魔君と同じ泥門デビルバッツでマネージャーをしています姉崎と申します」
「泥門デビルバッツ!マネージャー様でいらっしゃいましたか!大変、失礼をいたしました」
泥門デビルバッツの名前が出た途端、蛭魔の名前の時とは一変、フロントマネージャーの顔は愛想の良いものとなった。
「蛭魔様とお約束をされていらしたのですか?蛭魔様は只今、外出中です。おそらくすぐそこのスポーツクラブだと思います。もうそろそろお戻りになられる頃だと思いますので喫茶コーナーでお待ち下さい。すぐにお茶をお持ちいたします」
「いえ、お茶は結構ですし、待たせてもらうのはロビーで構いませんから」
「いえいえいえ!蛭魔様のお客様をろくなもてなしもせずに待たせたとあっては私が上の者に叱られますので、遠慮せずお寛ぎ下さい。喫茶コーナーで待つのがなんでしたらお部屋を一室用意いたしましょうか?」
「いえ!そこまでは本当に結構ですから!喫茶コーナーで待たせていただきます」
フロア係に案内されてまもりは喫茶コーナーへと移動した。
さっきミルクティーを飲んだばかりだったので今度はレモンティーを頼んでみた。
注文したレモンティーと一緒に一口サイズの色とりどりの様々な可愛らしいケーキの盛り合わせのプレートが置かれて慌てる。
「すみません。私、レモンティーしか頼んでないんですけど…」
「こちらは社長からのサービスのでお気をつかわずゆっくりおくつろぎください」
「はぁ…。ありがとうございます」
ウェイトレスはにこやかに会釈すると持ち場へと帰って行った。
「蛭魔君……どんだけ悪事働いてるのかしら…」
どんどん気分が重くなる。
「まだここに住んでるんだ。よっぽど居心地良いのね…」
どれほど脅迫手帳を活用しているのか?
ホテルの従業員の態度から察するにこのホテルが蛭魔の支配下にすっかり治まっているのは間違いない。
申し訳なさを感じつつ、まもりはケーキを一口食べた。
「! 美味しい~!」
大好きな仮屋にも負けない美味しさにまもりはさっきまでの気分も忘れケーキに夢中になる。
苺のムースは酸味と甘味が絶妙で、チーズケーキはしっとりふわふわで口の中でとろけて広がる感覚がたまらないし、ショートケーキの生クリームも甘過ぎず上品な味でいくらでも食べれそうだし、一口シュークリームは生クリームとカスタードクリームが口の中で混ざりあうのが絶品としか言えない。至福の時を堪能しているまもりに声をかけて来た人物がいた。
「はじめまして。私、このホテルの社長の松山と申します」
「えっ、あっ、こちらこそはじめまして。泥門デビルバッツマネージャーの姉崎です」
まもりは慌てて立ち上がると挨拶を返した。
「少し、お話しさせて頂いてもよろしいですかな?」
「はい!」
松山と名乗った初老の男性はまもりの正面の席へと腰をおろした。
「クリスマスボウル優勝とワールドユース準優勝おめでとうございます。いやぁ、私ども後援会としても喜ばしい限りですよ」
「後援会?」
「はい。創部当初から応援させて頂いております。去年までの成績からは考えられない躍進に驚かされました。いやぁ、さすが蛭魔様ですなぁ はっはっは!」
「蛭魔君って、こちらのホテルを不法占拠してるだけでなく後援会までさせてるんですか?!」
豪華客船で祝賀会なんて校長を脅すだけでは到底無理だとは思っていたが、思わぬ形で蛭魔の悪事の露呈にまもりは青ざめた。
「すみません!これ以上の悪事はやめるようきつく注意、指導いたします!!」
何度も頭を下げるまもりを松山は止めた。
「いえいえ、蛭魔様には助けて頂いているんですよ」
「えっ?蛭魔君に迷惑かけられてるんじゃないんですか?」
松山の思いがけない言葉にまもりは思わず聞き返した。
「まあ最初はね。そりゃいきなり中学生に違法建築指摘されて、黙っておくかわりに無料で住まわせろなんて脅されたら迷惑でしたよ」
その頃を思い出し、苦笑いする松山にまもりは「すみません」と小さくなりながら謝った。
「まあ、こちらが違法建築だったのは事実でしたしね。あの頃は経営がなかなか軌道に乗らず、いつ不渡り出すかの自転車操業で…悔しいですが違法建築の部分を直す資金もなくて、蛭魔様の要求を飲むしかなかったのですよ」
「はあ…」
「でも、あれがうちにとっては大きな転機だったんですよ。ホテルで中学生が一人暮らしなんてどうなるかと思いましたけどね。だってそうでしょう?どう考えても普通じゃない。中学生が思い付くこととは思えない。バックに何かしら善からぬ組織でもいて、犯罪に利用されるんじゃないかと警戒していたんですよ。でも、出入りするのは蛭魔様一人で、しばらくするとそんな異常な状況にこちらも慣れてしまって気にならなくなったんですよね。いや、気にならなくなったんじゃなくて、気にしてる余裕がなくなっていたんですね…。本当に経営が切羽つまってましてね、不渡り出すのは時間の問題になっていたんですよ。そんな時、ホテルのパソコンがハッキングされまして、勝手にホームページが書き替えられて、宿泊料金やらプランやら一新されたんです。」
「…それって…」
「はい。犯人は蛭魔様でした」
「やっぱり…」
「朝の朝礼で従業員が全員集まった所で『俺の言う通り働きやがれ!』とマシンガンをぶっぱなしまして、それでもはむかう従業員には黒い手帳を振りかざして、有無を言わせず従わせました。」
なんて蛭魔君らしい…。
「でも、そのおかげで従業員一同、一致団結して働けたんですよ。正直、いつ潰れてもおかしくない状態に従業員達も諦めていたと言うか、覇気を無くしていたんですよ。蛭魔様の発破は良くも悪くも従業員の原動力となり、ホテルに活気が戻ったんです。その後は今までが嘘だったかのように経営が上向きまして、今ではホテル業界が不況に喘ぐなか、平日でも稼働率は90%ですよ!」
松山は誇らしげに胸をはる。
「蛭魔様の考えるプランは斬新で画期的で消費者のニーズにバッチリ答えるものばかりなのですよ。なんたって情報量が違う。だから我がホテルにはもちろん、ビジネスや旅行に来た時、宿泊するならここと、常宿に決めて下さっているお客様も多いですが、我がホテルに宿泊するために来られるお客様も多いのですよ」
松山のべた褒めぶりにまもりは惚けてしまう。
「今、召し上がられているスイーツも蛭魔様プロデュースなのですよ。これのおかげで飛躍的に女性客が増えました」
甘いもの嫌いな悪魔がスイーツをプロデュース?
人には散々文句言うのに?
なんだかちょっと複雑な心境になってくる。
「実は蛭魔様は高校に入学された時、ホテルを出て行こうとされたんですよ。少しでも高校に近い方が良いって理由だったんですがね。あの時は従業員全員で引き留めました。今の状態は住み込みでコンサルタントが居てくれるようなものですからね。世間では悪魔だなんだと恐れられていますが、うちにとって蛭魔様は福の神ですよ。あっはっは」
蛭魔君が福の神…。
そんなこと言う人がいるなんて…。
世の中は広いと、まもりは遠い目になってしまう。
その時、ウェイトレスが声をかけてくれた。
「蛭魔 様がお戻りになられたそうです」
「そうですか。ありがとうございます」
まもりはペコリと頭を下げる。
「夕食には是非、我がホテルのレストランで食事して下さい。最高のディナーを用意しておきますから!」
そう言ってくれる松山にお礼を言い、まもりは蛭魔の元へ向かった。
突然現れたまもりに蛭魔の眉毛が片方ぴくんと上がる。
驚いた時の蛭魔の癖だ。
してやったりとまもりは内心ほくそ笑む。
「ストーカーか?糞マネ」
「ストーカーでも糞マネでもありません。今は彼女です」
「糞彼女、何しに来やがった?」
「蛭魔君が誘ってくれないから誘いに来たんです」
「てめえ、ダチは居ねえのか?」
「いるけど…」
「せっかくの休みなんだ。ダチとでも出かけやがれ」
そこでまもりははたと、先日、教室での友人達との会話を思い出した。
いろんな雑貨屋や洋服屋巡りを1日しよう。
疲れたらお茶したりして…と、友人達と盛り上がっていたのだ。
でも、その時は部活が休みになるなんて思いもしなかったから「ごめん。部活だから無理」と断ったのだった。
当然、友人達からは付き合いが悪いとブーイングされた。
蛭魔君、あの会話を聞いてた?
だから…?
「蛭魔君と一緒に居たいんです。なんたって悪魔の皮を被った福の神なんでしょ?」
「あん?」
ニコニコ笑うまもりに蛭魔は短く舌打ちする。
そこにフロントマネージャーがすかさずやって来てこの近所に最近オープンしたアウトレットモールのシンボルとして造られた巨大な観覧車のペアチケットを渡した。
チケットには特別なチケットしか出来ない予約の時間が押されている。
実はこれも蛭魔が宿泊のカップルを対象にした特別プランの一つ。
オープンしたてで、観覧車に乗るには通常、長蛇の列に並ばなけれならない。
並んでいるうちに夕日が沈んでしまう…なんて事なく楽しめるよう、宿泊したカップルには時間指定のチケットがプレゼントされるのだ。
それをまさか自分が使う事になろうとは…。
蛭魔は少し苦い顔をしたが、まもりの無邪気に喜ぶ姿に諦めた。
「おら、行くぞ」
「でも指定時間までまだ有るわよ?」
「モールでもぶらついてりゃすぐ来んだろ」
ぱあっと明るくなるまもりの顔にヤられた気持ちになる。
「行ってらっしゃいませ!」
従業員一同に見送らればつが悪いが腕に回された細い手に気分が少し上向く。
腕を組んでラブラブで歩く姿を友人達にバッチリ目撃され
翌日の学校で騒動が起こるのはまた別のはなし―――――。
END
最終的に私は蛭魔さんは面倒見の良い、良い人だと思っておるのです★
そんだけのお話です。
やはり今回もUPする瞬間までタイトルを決めてなくて・・・・
今回は松たかこさんの曲を使わせて頂きましたv

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