放課後――――――・
プールサイドには水泳部員だけでなく、昼間の食堂での騒動を聞き付けた一般の生徒が大勢詰めかけていた。
その中には当然まもりもいる。
まもりは今回の勝負のヒロインなので、水泳部員達がプールサイドにこしらえた特別席に座らされていた。
まもりの両隣にはアコと咲蘭も座っているが、三人とも居たたまれない気持ちでいっぱいだった。
水泳部キャプテンの中田は早くから入念なストレッチをしているが、蛭魔はまだ現れない。
なかなか現れない蛭魔にそうそうにシビレを切らした生徒がヤジを飛ばし始めた。
「蛭魔はどうしたんだよー!まだかよー!こっちだって暇じゃねんだ、さっさと呼んで来いよー!」
「そーだそーだ!」
ヤジを飛ばしているのは室田で、合いの手を入れているのは三宅だった。
この場にいると言う事は暇だと言う事に他ならないのに、面白がってヤジを飛ばす二人を思わずまもりはにらんだが、二人には全く気がつかない。
そうこうしているうちに時間は更にたち、観客の生徒達が待ちくたびれて席を立とうとした時、ついに蛭魔が現れた。
蛭魔は黒地に赤のラインの入った七分丈の競泳用の水着を履き、いつもはカチカチに固めて立てている髪を固めずに後ろに寝かせている。
見事に鍛え上げた肉体を惜しげもなくさらした姿は見慣れている蛭魔とはイメージが違い、その場にいた誰もが見とれてしまうほどだった。
「…格好良い…」
「…うん…」
思わず呟いたアコに咲蘭も素直に頷く。
そんな二人の様子に誇らしさを感じると同時に、蛭魔君は私の彼氏なんだからそんなに見ないで!と、独占欲もムクムクと湧いてきて、まもりは複雑な気持ちになった。
「で?水泳は何で勝負すんだ?」
「えっ、あー…自由形100メートルでどうかな?」
少々気圧された様子の中田が蛭魔の問いかけに答えた。
「かまわねぇ」
言うや、蛭魔はさっさとコースにつき、キャップとゴーグルを装着した。
その仕草は慣れたもので、どう見ても水が苦手な者の動作ではない。
中田はこの時になって初めて自分は迂闊だったのではないかと言う疑念を感じた。
一瞬、足がすくんだが、自分は引退したとは言えごく最近まで水泳部のキャプテンだったと言う自負が中田を奮い立たせた。
誰もが固唾を飲んで見守る中、二人は中央レーンの第3コースと第4コースに並んで立った。
中田もさすがキャプテンだっただけあって見事な逆三角形の鍛えた身体をしていた。
しかし、蛭魔の均整のとれた美しい身体の前では霞んでしまう。
自分の身体に自信を持っていて、まもりへのアピールチャンスと考えていた中田は心の中で歯軋りした。
自尊心を傷つけられた借りは勝負で返す!
決意も新たに中田は構えた。
静寂の中、スタートの合図のピストル音が響き、見事なタイミングで二人は水面へと消えた。
とたんに会場は盛り上がった。
ほとんどが中田を応援するものだが、いくつかちらほらと蛭魔を応援する黄色い声が聞こえてくる事にまもりは少なからず驚いた。
まさか蛭魔君を応援する女子がいるなんて!
まもりの中に再びモヤモヤしたものが膨らんで来た時、中央付近まで潜水して泳いでいた二人が浮上した。
プールサイドは二人の姿にさらに盛り上がる。
レースは抜きつ抜かれつ、どちらも譲らない互角の勝負だった。
迫力のある中田の泳ぎに比べ、蛭魔の泳ぎは一切の無駄をはぶいたような静かなものだった。
水を鋭利な刃物で切り裂いて進む様な、とても滑らかな泳ぎだった。
キラキラと太陽の光を受けて輝く水しぶきをあげながら泳ぐ蛭魔から、まもりは目が離せなくなっていた。
最終ターンに二人同時に入った。
ラスト25メートル。
中田はラストスパートをかけるが、なかなか差は開かない。
それどころか徐々に蛭魔が前に出て来ているのを感じた。
なんとしてでも前に出ねばと言う焦りから中田のフォームが微妙に崩れ、それが失速へと繋がった。
勝利は半身差の大差で蛭魔のものとなった。
思いがけない熱戦に割れんばかりの拍手が沸き起こる。
「おい、糞マネ」
「はい?」
プールから上がった蛭魔に呼ばれ、まもりは慌てて蛭魔の元へと駆け寄った。
もちろん手にはスタート台に着く前に蛭魔がまもりの席の脇に放り投げていたタオルを持って。
「はい、蛭魔君」
「おう」
遅れてノロノロとプールから上がって来た中田は茫然自失の状態で、部員の呼び掛けにも反応しない。
「おい、約束通り嘘の責任とってきやがれ」
「えっ…今?」
「善は急げだ」
「善なのかなぁ…」
「うだうだ言わずにさっさと行け」
「う…うん」
まもりはしぶしぶと中田の元へと向かった。
「中田君」
まもりの声に中田は項垂れていた顔をバネ人形のようにあげた。
「ゴメンね。中田君の誘い、部活が忙しいからって断ったけど…部活が忙しいのは本当なんだけど、私、部活好きなの。楽しいの。だから忙しいのはちっとも嫌じゃないの。蛭魔君に無理やりさせられてるわけじゃないの。あなたとは出かけられないの。ごめんなさい」
再び中田が項垂れた時、蛭魔がイラついた様子でやって来た。
「てめえがその糞逆三角と出かけられねえ理由はそれだけか?」
「え…」
「他にありませんかネェ?」
「えっ、え、あー…でも」
「でもじゃねえだろ。てめえがいい加減な嘘つくから俺がこんな茶番するはめになったんだろうが」
「うっ…」
「嘘はいけませんよネェ?」
「でも…」
「そんな口に出すのが嫌な事か?」
「そう言うわけじゃ…」
「……」
うつむいて口の中で何やらモゴモゴ言い訳しているまもりに、蛭魔は背を向けて歩き出した。
「えっ、蛭魔君」
「安心しろ。てめえの秘密は脅迫手帳に収納して墓場まで持ってってやるよ」
「!!」
再び歩き始めた蛭魔の背にまもりは叫んだ。
「蛭魔君!別に蛭魔君と付き合ってる事が恥ずかしいんじゃないの!二年の時にあれだけずっと付き合ってないって否定してたのに、今さら付き合いだしましたって言うのが恥ずかしかっただけなの!でも、最近は付き合ってる事を秘密にしてるのが辛くなってて…どうすれば良いかわからなくて…」
「姉崎」
涙が溢れた瞳を向けると、蛭魔が来いと言う様に腕を広げてくれている。
まもりはそれを見た瞬間、蛭魔に駆け寄り飛び付いた。
ギュッと抱きしめられ、まもりは安堵に包まれ、ほぅと小さな吐息をもらした。
そのまもりの耳元で蛭魔が小さくまもりの名を囁いた。
まもりは爪先立ちになり蛭魔にキスしようとした瞬間、はたと我に返った。
ここはドコだった?
確かここはプールサイドで、今まで蛭魔君は水泳勝負してて、観客も沢山いて、アコと咲蘭もいて――――――……
恐る恐るそちらに目を向けると、その場にいる全員がこちらを見て固まっていた。
「キャー―――!」
一気に押し寄せて来た現実に、まもりは恥ずかしさのあまり混乱した。
キスしようとした所を見られた!
「キャー!キャーキャー!!チガウ!チガウのチガウのー!」
まもりは顔を真っ赤にあたふたするだけで言葉が出て来ない。
蛭魔とも離れようとするのだが、まもりの細い腰を蛭魔のたくましい腕がガチリ掴まえて離してくれない。
「うぅ~…」
あまりの恥ずかしさから再び涙目になるまもりに蛭魔は全く頓着せず、まもりを抱き寄せすこぶる上機嫌だ。
「ケーケッケ。分かりマシタカ?これからは馬に蹴られて死ぬ前にマシンガンで蜂の巣になりマスヨ?以後、気を付けヤガレ!」
尊大に言い切ると、蛭魔はまもりを抱き上げてその場を後にした。
蛭魔達がプールサイドから校舎の扉の向こうへと消えたとたん、まるで石化の封印が溶けでもしたかのように悲鳴と怒号でプールサイドは混乱のカオスとなった―――――
「ちょっと待ってろ」
お姫様抱っこしていたまもりを下ろすと蛭魔は更衣室の中でもへ消えた。
取り残されたまもりはその場にしゃがみこんでしまった。
「うぅ…」
明日の学校はどんな事になっているのか……考えると目眩がしそうだ。
蛭魔はTシャツを羽織っただけですぐに出て来た。
「おい」
「…うん」
「おら」
「キャッ」
しゃがみこんでいたまもりを蛭魔は再び軽々と抱き上げた。
いきなりだったのでまもりはとっさに蛭魔の首に抱きついたが、これくらいではさっき感じた羞恥を忘れる事はできない。
まもりは少しムッとした表情で蛭魔を睨んだ。
しかし、そんな顔すら蛭魔の機嫌を上げる効果しかなく、すねた瞳で睨むまもりの唇を蛭魔は見事な早業で奪った。
「蛭魔君!」
「晴れて公認だ。明日から堂々とイチャつけマスヨ?」
「学校内での不純異性交遊はダメです!」
「不純じゃねえから良んじゃね?」
「えっ?」
「純粋異性交遊だろ?」
「クスッ、そんなのないよ」
「じゃあ、純真か純愛か?」
「蛭魔君ったら…似合わないよ?」
「いんだよ。とりあえず明日が楽しみデスネ~」
「どこが?!」
「もう告らんねーし、しょうもない嘘もつかなくて済むだろ?」
「それはね…誰だってマシンガンで風穴開けられたくないもの……もしかして…」
「あん?」
「蛭魔君、私が部活を理由に告白断った事、根に持ってる?」
「面白いとでも思ったか?」
「これだけ大々的に宣言しちゃったから…そうそう別れられないよ?」
「別れる気なんざさらさらねぇよ」
「…蛭魔君」
「覚悟しとけよ?」ニヤリと笑う笑顔にまもりの覚悟も決まった。
「うん」
とんでもなくバレてしまったけれど、もう隠さなくて良いと思うと、何かつかえが取れた様に気が楽になった。
まもりは蛭魔の首にまわした手をからめなおすと、ふたり笑いあってキスをした――――――。
終わり
思ってたより時間がかかっちゃった。
最近、めっきり携帯触る時間が減っちゃって
…て、面倒くさくて、友達に誘われてもツイッターもラインもしてないから元々携帯はほったらかしなんだけどね★
日にちかけると前後の文脈が繋がってるかわかんなくなるから、なるべく早く書こうとは思ってるんだけど……ダメですね。
ま、続ける事が大事!
継続は力なり!って事で地味に頑張ります