「先生~裕太君がサンタクロースは居ないって言うの。サンタクロースはいるよね?だってクリスマスプレゼントくれるもん!」
菜々美が今にも泣きそうな顔で訴えてきた。
一方、裕太は菜々美をさも馬鹿にしたようにふんぞり返って追い打ちをかけてきた。
「ダッセー!サンタクロースなんかいねーよ!」
「いるもん!ねぇ?先生!」
「そうねぇ。いてくれないと先生は困るな」
思いもよらない先生の言葉に二人の言い合いは中断した。
「どうして?」
「だって先生、サンタクロースさんにお手紙送ったから」
「お手紙送ったの?」
驚きで菜々美と裕太の目がまん丸になった。
「うん。欲しいモノがあるから」
「先生、クリスマスプレゼントもらえるのは子供だけだぜ?先生は大人じゃん。もらえねんじゃね?」
サンタクロースなんかいないと言う裕太の顔が少々困ったものになったのを見てなんだか微笑ましくなる。
「うん。だから下さいってお願いのお手紙書いたんだけど…やっぱり無理かな?」
「うーん、どうだろ?」
「良い子にしてたらもらえるんじゃない?」
喧嘩のことなど忘れて二の先生はサンタクロースからプレゼントを貰えるかどうかを真剣に考えてくれている様子に自然と笑みが浮かぶ。
「もらえると良いんだけどね…」
こっそり呟いた時、授業開始をしらせるチャイムが鳴った。
「あ、チャイムが鳴ったよ。はーい、席について!授業を始めます!」
二人に席にすわるように促すと、まもりは教壇へと向かった____。
教員免許をとったまもりは大学卒業後、地元に戻って就職した。
今は小学校で二年生のクラスを受けもっている。
子供は可愛いし、他の先生方も優しく、保護者の方達とも良い関係を築けている。
何の不満も悩みもない恵まれた職場だと思う。
だけど最近、このままで良いのかと言う虚しさと言うか、焦りと言うか、なんとも言えない感情にさいなまれることがある。
そんな時、決まって思い出すのは高校時代。
もう何年も前なのに今でも鮮明に思い出せる。
眩しいほど輝いている思い出の中で一際光りを放つのはあの悪魔。
悪魔は大学卒業と同時に日本から姿を消した。
しばらく消息不明が続いたが、何処からかマイナーリーグで活躍しているらしいと言う噂が聞こえて来た。
まもりは毎月、アメフト雑誌を買い漁って蛭魔の記事をさがしたが、蛭魔の記事が雑誌に載ることはなかった。
そんな日々が一年ほど続いたある日、いつものように蛭魔の記事を探して雑誌をめくっている時に突然虚しさに襲われた。
自分と蛭魔の道はすっかり離れてしまい、もう交わることはないのだと唐突に自覚したからだ。
涙も出ないほど衝撃的な現実だったが、まもりは不思議とすんなり受け入れることができた。
それ以来、アメフト雑誌を買うのをキッパリやめた。
同時に自分を変えようと、伸ばしていた髪もばっさり切った。
しかし髪を切ったのは失敗だった。
鏡を見るたびに髪型のせいで高校時代のことを思い出してしまうからだ。
そんな自分が嫌で、変えたくて、まもりは今まで敬遠していた友人達から合コンのお誘いに参加するようになった。
終わった恋を忘れるのは新しい恋が1番と言う訳ではないが、誰かと出会いたいと言う気持ちを少し持っていた。
参加してみると合コンは思っていたほど悪いものではなかったし、何人か良い人もいた。
しかし結局、どの人も良い人のままで終わってしまっているのが現状だ。
みんな人も良い人だと思う。
思いはするのだが…どうしてもどこか物足りなさを感じてしまい後一歩がふみだせないでいるのだ。
わかっている。
あの悪魔ほど破天荒な人は居ない。
一般の人にあんな強烈な輝きを求める方が間違っている。
わかっている。
よくわかってはいる。
わかっているのにそこから動けない自分が嫌でどうにかしたくてたまらない。
本当にこのままじゃいけない。
変わらなきゃ!
過去と決別し、未来に進むにはどうしたら良いか?
あれこれ考えたまもりが思いついた答えはサンタに手紙を書くと言うものだった――――。
「姉崎先生!」
明日の授業の準備を終え、帰りの支度を始めたまもりに同僚の藤元が声をかけて来た。
「あ、あの、クリスマスの予定は決まってますか?もし空いてるようでしたら飯でも一緒に食べに行きませんか?美味しいイタリアンの店があるんですよ。知り合いの店なんですけどね、いつでも特等席を用意してやるって言われてましてね…」
「ゴメンなさい。クリスマスはもう予定が入ってるんです」
「あ、あ~…そうなんだ。いやぁ残念だなァ…。じゃあ、またの機会に…」
しょんぼりと去って行く藤元の背中に微かに申し訳なさを感じる。
体育が専門の藤元はいかにもスポーツマンと言う男で、良くも悪くもまっすぐだ。
学生時代、サッカーをしていたと言う藤元に誘われて一度だけサッカー観戦に行った。
競技は違えども、選手達のひたむきさ、会場の熱気、それら全てがまもりにあの頃を思い出させた。
試合は素晴らしいものだったし、藤元と一生懸命応援もした、が、試合後に残ったのはどうにもならないくすぶった思いだった。
クリスマスに全てかたをつける。
現状を打破するためにまもりはひとつの結論に達し、計画を立てた。
計画を実行すべく微かな期待と押し潰されそうな不安を抱えてまもりはクリスマスまでの期間を慌ただしく過ごした――――。
クリスマスにまもりがやって来たのは東京ドーム。
今日は東京ドームでクリスマスボウルが開催されるのだ。
会場はあの頃と変わらない熱気に包まれていてまもりの足は自然と浮き足だつ。
何人か見覚えのある顔とすれ違ったがシーズン中の為、まだアメフトを続けている親しい者達と会う事は当然なかった。
慎重にチケットに書かれたシート番号を探して座ると静かに試合が始まるのを待った。
試合は帝国VS神龍寺と言う恒例のカード。
今年も帝国は盤石との前評判だが、選手達におごりは見られない。
かたや神龍寺は昨年、監督が代わり、長年続いた神の時代に終止符が打たれるかと危ぶまれてはいたが、それは見事に杞憂で終わった。
まだ暫くはこのカードが定番なことにかわりはなさそうだ。
「すみません。ここの席あいてますか?」
まもりの隣の席を指差して男性が声をかけて来た。
「ごめんなさい。連れの席なので…」
まもりが断ると男性は残念そうな顔をして去って行った。
まもりの席は試合を観るのにベストな場所だ。
その席があいていて、しかもその隣に座っているのは可憐な美女ときたら例え予約席だとわかっていても微かな期待をこめて声をかけるのが男だ。
去って行く男の後ろ姿を見送りながらまもりは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
いっそ席を譲って帰ろうかとも思うがもしかしたら…と言う淡い思いがその場にまもりを引き留めた。
泥門がクリスマスボウルに出れたのは後にも先にも全国優勝したあの時の一度きりだった。
あの頃は絶対にクリスマスボウルに出場すると思っていた。
だからクリスマスボウル出場したこともも優勝したこともどこかで当然と言う気持ちがあったように思う。
だけど、今、改めて振り返るとなんて奇跡的な日々だったんだろうと感慨深い。
本当に奇跡的な日々。
奇跡はそうそう起こらないから奇跡なのだし、あの頃から多くの時間が流れた。
時の流れは残酷で、一つ残らず同じものを残さない。
私が色々な事をを経験して少しずつ変わったようにきっと蛭魔君も変わっている。
そんな彼と会ってどうなるのか?
今さらじゃないか?
もう自分の存在なんて忘却の彼方かもしれない。
絶対変わっていないと断言できるのは彼のアメフトに対する真摯なまでの情熱くらいだ。
その情熱が昔のままであればあるほどここには来ない。
私と彼の道は決して交わらない。
わかっててこの日を選んだのは自分のズルさから。
この日なら彼が現れなくても自分はアメフトに負けたんだっと思える。
他の誰かに負けたと思わなくて済む。
「私って本当に勝手・・・]終盤に入り熱気が最高潮に達している中、まもりはうつむき涙をこらえた。
すると隣の席に座ろうとする人影が見えたのでまもりは慌てて断りを入れた。
「すみません。ここは連れの席なので…」
「チケットなら有りマスが?」
「!?」
「相変わらず勝手な女だな。呼びつけておいて座るなってか?」
「な、何でいるの!?」
「ハァ?てめえ、自分で呼びつけておきながらなんだその言いぐさは?こんな手紙よこすなんざかなり頭がイカれてるとは思ったが、やっぱりイカれてやがったか」
「だ、だって…」
「だってじゃねえよ。てめえいくつだ?その歳でサンタさんにお手紙書くなんざイカれた野郎意外の何者でもねえよ。しかも内容が更にイカれてヤガル。『幸せにして下さい』どこの幼稚園児だ?」
「うっ…」
「しかもサンタへの手紙の送り先は俺の球団事務所。サタンへサンタへの手紙が届いたと大ウケされたぞ」
「ごめんなさい…」
まもりは小さくなってうつむいた。
すると隣から手が伸びてきてまもりの髪の毛をひとふさすくいあげた。
「切ったんだな。もったいねーの」
「えっ?髪切ったのわかるの!?」
「ったりめーだ。毎月飽きもせず糞チアからてめえの写真が大量に入ったエアメールが俺のマンションに届くからな」
「えぇ?!」
「知らなかったのか?」
「うん。会う度に良く写真撮るなァとは思ってたけど、まさか蛭魔君に送ってたなんて…」
「ンッなだから事務所に手紙送りつけんだなてめえは」
「うっ…」
言葉につまるまもりなどお構い無しで蛭魔が立ち上がった。「おら、行くゾ」
「何処へ?」
「実は俺は今、シーズン中で人の試合をのんびり観戦してるような時間は無いんですヨ」
さっさと歩き始めた蛭魔をまもりは慌てて追いかけた。
昔はよくこんな事あったな…。
感慨深く蛭魔の背中を追いかける。
目の前を行く蛭魔の背中は高校時代より精悍になっており、まもりは月日が過ぎたのを強く感じた。
「蛭魔君、これから何処へ行くの?」
「回収もしくは略奪」
「はぁ?何それ」
「サンタはサンタでもサタンなサンタなもんでな。良い子にプレゼントをくばるんじゃなく、悪い子からプレゼントを頂くんデスヨ」
「えぇ?!一体何する気なの?!セナとかイジメないでよ?!」
「…相変わらずわかってねえ奴だな」
「何がよ」
「奴らは教えられた通り馬鹿のひとつ覚えみてえに今でもアメフトやってんだろうが」
「馬鹿じゃありません!馬鹿のひとつ覚えって言うなら一番馬鹿のひとつ覚えなのは蛭魔君でしょう」
「だからアメフトやってる奴は良い子に分類されんだよ」
「へ?」
「人の予定も考えずに勝手な事ぬかすような奴を懲らしめる為に来たんだよ」
「えっ…私?」
「他に誰がいる?」「えー…って!一体何する気?!回収もしくは略奪って」
「誘拐」
「…はぁ?」
「アメリカにさらう」
「…!?」
「おら、行くゾ」
「で、でも私、アメリカへは…」
「今すぐじゃねえよ。猶予期間は来年の4月まで。今日は予告状を出すだけだ」「予告状?」
「もしくは宣戦布告。てめえの親にな」「!!」
「アメフトよりてめえを優先するのは今回が最初で最後だ。もう二度と無い。
それでも幸せになれると思うなら着いて来やがれ」
「喜んで良いのか悪いのかわからないプロポーズね。だけど確信はあるから…着いて行く!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた蛭魔にまもりは胸が締め付けられる。
本当に目の前に蛭魔が居ることを実感できたから――。
「良い返事だ。そんなてめえに大サービスだ。一生に一度しか言わねえ、よく聞けよ!俺はお前の事が―――」
その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響きスタジアムは割れんばかりの歓声に包まれた。
蛭魔の声は歓声にかき消されまもりの耳には届かない。
「――わかったか?」
ニヤニヤと憎らしい笑みを浮かべる蛭魔にまもりはわざとだと確信する。
「私もよ!」
でも蛭魔との付き合いは伊達じゃない。
耳では聞こえなくても心でわかる。
「さあ!行きましょう!」
飛びきりの笑顔で蛭魔の腕をとると早くと急かした。

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