君の音 9
音楽室の扉を閉めた依子は小さな吐息をついた瞬間、演奏も初恋も幕が降りた実感がじわじわ湧いて来た。不意に目頭が熱くなったのを感じて鼻をおもいっきりすすり、そしてゆっくり息を吐いて心を落ち着ける。
幸い涙は流れることなく引っ込んでくれたようだ。
改めて一歩を踏み出そうとした時、音楽室からピアノの音色が聞こえてきた。
蛭魔君が弾いてるんだ…この曲は…もしかして私への餞別なのかな?
それ位は自惚れても許されるよね?
美しく旋律に耳を傾けながら手のひらの数字をしばし見つめた後、手をギュッと握りしめ、依子は歩きだした。
「この曲って、ショパンの『別れの曲』よね」
「そりゃ仏映画の邦題だ。そんなタイトルが通じるのは日本だけだ。この曲は『練習曲作品10-3ホ長調』デス」
「んっもう、いちいち可愛くないったら。通じてるんだから良いじゃない。…ねぇ、この曲って依子ちゃんへのはなむけ?」
「別にィ…ま、この曲はショパンが故郷のポートランドを出てパリデビューした野心にみち溢れた年に作った曲だから、そう言う意味じゃ今のあいつにぴったりかもな」
「ねぇ、次は私の為に演奏してくれない?弾いて欲しい曲があるんだけど」
「なんでてめえの為に演奏しなきゃなんねえんだ」
「ケチ。一曲位弾いてくれたって良いじゃない。私だって頑張ったのに…」
ピアノに一番近い席に座っているまもりは少し唇を尖らして机にうつ伏せた。
「…依子ちゃんって凄いよね。」
「あん?」
「だって、ちゃんとしっかり自分の進む道を見つけて一歩を踏み出したじゃない?私とは違うなぁって考えさせられちゃう」
「はっ!安心しろ、てめえももうじき嫌でも進む道が決まる」
「えっ?ど、どうして?!」
蛭魔の言葉に何故か慌て飛び起きたまもりに蛭魔はうろんな視線を送った。
「はっ?てめえは馬鹿か?てめえは受験生だろうが。もうじき高校ってカテゴリーは終了だ。嫌がおうでも進む道決めるしかねぇだろ」
「あ、受験。ふぅ…そうなのよね…」
「てめえは糞保育士か糞教師になんだろ?道なんざ決まってるじゃねえか。」
「それでも色々悩む事は有るんです!」
「はぁ、さいですか」
相変わらず蛭魔は難しい中間部の減七和音もやすやすと弾きこなしている。
まもりは蛭魔から視線を外し、窓の外に見えるグランドを眺めた。
「…ねぇ…蛭魔君は進路は決めてるの?」
「たりめぇだ。次はライスボウル優勝だ!」
「じゃあ、栗田君と炎魔大なんだ?」
「あん?炎魔には行かねぇ」
「えっ?!だって炎魔以外で栗田君が行ける大学って…」
「なんで俺があの糞デブと同じ大学行かなきゃなんねぇんだ?」
「一緒にライスボウル目指すんじゃないの?」
思いもよらない発言にまもりは驚きを隠せない。
「あの糞デブが言ったんだよ。ムサシが居ねえのに俺らだけが同じチームでやるわけには行かねぇってな」
「栗田君が…」
「糞デブも糞デブなりに考えてんだろ」
「そっか…。寂しくなるね…」
「はっ!今度は三つ巴の三國志だ。糞みてぇな感傷に浸ってる暇はねえんだよ」
「でも、それじゃあどこの大学に行くの?」
「最京大」
「最京大!?あの関西の?!」
「他には知らねえなぁ」
「関西に行っちゃうんだ…」
「やるからにはトップをとる!当然だろ」
「暇魔君らしいね。みんなちゃんと決めてるのね…。私はどうしよう…」
「一番やりてぇ事考えりゃ簡単だろ。てめえなら大抵の大学行けるだろ」
「やりたい事…」
まもりの顔に影がさした。
続く
切りが悪くてすみません。
書き始めた当初から ラストに蛭魔に弾かせる曲だけは考えていたのですが他は全く考えてませんでした。
まさか ここにきて 大学進学話が絡んでくるとは書いてる本人、予定になくてビックリ★
大学進学のお話は 書きたいのが1つあるのですが、最近、いくつかのサイト様の所で 進学話を読み、今、書くのはなんだかおこがましい気がしてしばらく置いておこうと思ってたんですが・・・
まさか この話で絡んで来るとは・・・。
あ、でも、私が書きたいお話とは この話は違うんで、同じ内容にならないように気をつけてはいるんですけどね。
さて、次回こそラスト?
どうまとめるか・・・。
ちゃんとラストの曲弾けるのかしら?
もう、こうなったら 脳内蛭魔さんに頑張ってもらって話を進めて頂くしかない!
ファイトー!!

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