SOULMATE
最後の一文をうち終え、文章を保存し終えると蛭魔はパソコンを閉じた。
月曜日が提出期限のレポートがようやく終わった。
時計を見ると22時を回った所だ。
この所の練習のハードさと、レポート内容のややこしさで、珍しく手間取ってしまった。
明日の日曜日は久しぶりに練習も無いし、何をする予定もないし、うるさく訪ねて来る奴も居ない。
どうすっかなー。
天気予報は確か雨だったな。
朝のランニングも出来やしねえ。
いっそ寝だめでもするか…?
とりあえず、疲れた脳ミソをリセットする為にも睡眠を取らなきゃなぁ…。
そんな事をリビングのソファーでつらつら考えていると誰かの来訪を告げるチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこに立って居たのは2ヶ月ぶりの来訪者。
「なんだ、その趣味の悪ィ紙袋は…」
「レポート終わった?あの教授って細かいから大変だったでしょう?」
「楽勝。んッな事より てめえはそんなモン持って来て人の部屋で何する気だ?」
「レポート、もうそろそろ終わった頃かな?って思ってね。お疲れ様。今、コーヒー入れるからお茶にしましょう。大丈夫、これは私のだから」
そういうとまもりは慣れた足取りでいそいそとキッチンへと向かった。
コーヒーメーカーをセットすると、勝手知ったる手際の良さでカップやお皿を準備する。
持って来たショッキングピンクの紙袋から取り出したのはこれまた同じく派手な柄の箱。
その箱から一体どんなものが出てくるのか思わず見つめてしまった蛭魔だったが、中から取り出されたものの正体がわかると途端に興味を無くし、リビングへと戻って行った。
「はい。どうぞ」
二人がけのソファーに座って雑誌をめくっていた蛭魔の前に良い薫りを漂わせたコーヒーが差し出された。
受け取り口に含むと馴染みの味が口内に広がる。
まもりも自分のカフェオレとケーキのセットをテーブルに置いて蛭魔の隣りに腰をおろした。
「…あんなでけえバームクーヘン、普通いきなり4分の1に切るか?」
「このくらい普通よ?」
「てめえは将来、糖尿確定だ」
「そんなこと言って~。美味しそうでしょう?食べてみたくない?」
「イラネ」
「ネット通販じゃこれ4ヶ月待ちなのよ?私だって買うのにお店で30分も並んだんだのよ?凄く美味しいって評判なんだから!」
「ケッ、昨日テレビで紹介されたからその気になった奴が押し掛けたんだろ」
「見て、このカラメルの輝き!パリパリなのよ?冷凍して食べても良いし、レンジで温めても美味しいんですって。凄く食べてみたかったのよね」
そう言うとまもりはフォークで切り取ったそれを頬張った。
「ん―――。ん?んン…」
モグモグ咀嚼しながら次第に微妙な顔になって行くまもりが可笑しくて、蛭魔は観察するようにまもりを見ている。
「で、感想は?」
「うーん、微妙?なんか思ってた物と違うって言うか…。美味しくない訳じゃないんだけど…求めてた物じゃないって感じ…かなぁ?」
「30分も並んだってのに御愁傷様」
「美味しいのよ?美味しいんだけど…違うのよねぇ……」
そう言ってまもりはため息をつくとフォークを置いて黙りこんだ。
蛭魔も同じく無言でコーヒーを飲むだけなので部屋は静寂に支配される。
先に沈黙に耐えられなくなったのはまもりだった。
うつむいたまま、まもりはぽつりぽつりと話しだした。
「……久しぶりだけど元気してた?」
「部じゃ いつも会ってただろうが」
「うん。でもお話しするのは2ヶ月ぶり位だし…」
「おー。てめえが一方的に喚き散らして飛び出して行きやがりましたからネエ」
「だって!あれは蛭魔君が……」
思わず顔をあげて蛭魔を見るが蛭魔の表情は落ち着いており、その目は何もかも見透かしているように思われまもりの心が揺れる。
「……ごめんなさい」
「……」
「ごめんなさい。すみません。知ってると思うけど……浮気しました」
「 加賀だろ」
「あ、やっぱり知ってたんだ…。で、でも、浮気って言っても2回デートしただけよ?1回目は水族館に行って帰りにお茶して、2回目は遊園地に行って帰りにご飯食べただけ。何にもなかったのよ?その…手はつないだけど…」
慌ていい募るまもりに蛭魔は胸のうちで舌打ちをする。
「喧嘩して寂しい時に相談に乗ってくれてね、私を元気付ける為に色々付き合ってくれただけなのよ?」
んっなワケねぇだろと、心の中ではツッコミを入れるが、蛭魔はひとまず黙ってまもりの話しを聞いた。
「 加賀君は優しいから私が行きたい所、やりたい事に付き合ってくれたの。蛭魔君ってば、魚は見るモンじゃねえ食うモンだって言うし、遊園地も面倒だって一緒に行った事なかったでしょ?」
そこでまもりは小さなため息をついた。
「水族館も遊園地も久しぶりだからワクワクして楽しかったの。いつもデートで来たらずっと手を繋いで園内回って、並んで色んな乗り物乗って、あんな事やこんな事もやりたいって思ってたの。でもね、楽しかったのは最初だけだった。ずっとやりたいって思ってた事やってるのに何かが違うの。このバームクーヘンと一緒。心の中に違うって否定してる自分がいるの。私が思ってた事じゃないって…。」
少し感情が高ぶってきたのか、まもりはスカートを握りしめた。
「ふっとね、隣りに蛭魔君が居ないんだって思ったら途端に水族館って暗くて、水の底みたいで淋しくなった。遊園地だったら賑やかだから大丈夫だと思ったのに……不思議なの。あんなに賑やかでカラフルなのに周りがどこもモノクロみたいに感じるの。何処に居ても夕暮れの公園に一人でぽつんと居るような感じ。……やっぱり……蛭魔君と一緒に居たいなぁって……」
最後の方はポロポロ涙をこぼしながらだったので声がかすれて聞き取りにくかったが蛭魔には届いた。
「てめえが勝手に喚きちらして飛び出したんだ」
蛭魔の言葉にまもりは身を固くする。
「だから帰って来るのも勝手にすりゃ良んじゃね?」
「……それって…」
「勝手にしやがれ」
「蛭魔君!」
「うぉっ?!てめえ、危ねぇだろうが!こっちはコーヒー持ってんだぞ?!」
いきなり抱きついてきたまもりに危うくカップの中身をこぼしそうになったがなんとか耐えた。
「蛭魔君、ゴメンね、ゴメンね、本当にごめんなさい」
「おー…、とりあえず疲れたから寝るか」
「寝ちゃうの?」
まもりは蛭魔の言葉にきょとんとした顔をして体をはなした。
「今日中にレポート仕上げるのに此処んところくに寝てねんだよ……泊まるか?」
「…うん」
「ま、明日の事は明日だ。寝る」
そう言うと蛭魔はさっさと寝室へと行ってしまった。
仲直り…出来たのよね?
なんだか拍子抜けする位あっさりと元の関係に戻ってしまった。
この2ヶ月、私が悩んだのはなんだったの?と思わなくもないが、元に戻れたのならそれが一番だ。
にまにましながら残りのバームクーヘンを食べていると蛭魔が再びリビングに顔をだした。
「てめえ、まだんっなモン食ってんのか?太るぞ」
「余計なお世話です!残すなんてもったいないでしょ」
「なんなら運動付き合ってやろうか?」
「え?」
「明日、何処行くか考えとけよ」
「えっ?」
「寝る」
「あ、おやすみなさい!」
予想外の展開に、まもりは幸せ気分で最後の一口を頬張った。
END
だから?
・・・・・・・なんだか読み返すと、だから何?ってな話ですね。
まあ、バームクーヘン食べるだけのお話ですから★
自分でも気になった所を補足すると、今は大学生で、ふたりは同棲はしてません。
まもりさんの通い妻状態v
喧嘩の原因はきっとささいな事だったのですが、予想外に長引いちゃった・・・・って感じ?
ま、そんな感じです。

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