悪魔撹乱
関東大会の組合わせ抽選会場――――。
集合時間よりかなり早目に集合場所の抽選会場前広場に到着したまもりは、何やら怪しげな作業をしている蛭魔を見つけた瞬間、盛大なため息をついた。
「蛭魔君!何してるの!」
「おう。品行方正な糞風紀委員様が挨拶も無しか?」
「うっ…おはよう。で?何してるの」
蛭魔の指摘にしぶしぶ挨拶をしたまもりだが、当の蛭魔はまもりを一瞥することもなく作業に没頭している。
「ちょっと蛭魔君!ここは公共の場なんだから変なことしないで!」
「別に変なことはしてねえし。糞野郎共が遅刻しなきゃ済む話しだ」
その蛭魔の言葉で、これは遅刻した部員への罰の為のものだとわかった。
「危ないことはヤメテ!出場停止になったらどうするの!」
「んっなヘマしねえ」
「姉崎さん、おはよう!」
「あ、栗田君、ムサシ君、おはよう。ねぇ、蛭魔君を止めてくれない?」
「んっ。言って止めるような奴じゃないだろう。無茶な奴だがヘマはしないからほっとけば良い」
「そうかなァ…。あら、ムサシ君も髪切ったのね」
「あぁ、奴に責任取れって言われてな。姉崎も髪切ったんだな」
「うん。ちょっと、ね」
「まも姐―!おはよー!」
鈴音と夏彦、雪光にどぶろくに三兄弟とメンバーが続々と集まって来た。
集合時間までにはまだ時間があったので各自、その場で談笑等して思いおもいに過ごした。
刻一刻と集合時間が迫る中、まだ来ていないのはセナとモン太の二人のみ。
二人共、間に合えば良いんだけど…―――。
空に目をやると見事な秋晴れで気持ちが良い。
準備が整ったようで作業をやめて立ち上がった蛭魔に目をやったまもりは、蛭魔の本日の出で立ちにちょっと驚いた。
しゃがみこんで作業をしている時には気付かなかったが、年がら年中真っ黒な悪魔が今日は真っ白なのだ。
「蛭魔君が白を着るなんて珍しいね。でも、ダウンジャケットはまだ暑いんじゃない?」
「別に」
蛭魔は素っ気ない返事を返しただけで、まもりの方を見ようともしない。
なんだか今日の蛭魔君調子悪い?
これと言う理由は無いのだが、なんとなくまもりはそんな気がした。
「ねぇ、蛭魔君…」
「3、2、1、0遅刻者は死ね!」
「無駄にコントロールいい!」
カウントダウンを終えた蛭魔は驚異的なコントロールの良さでズラリと並んだ導火線全てにライターを投げて火を着けた。
蛭魔が準備した大砲は必死に走って来たセナ達を容赦なく吹き飛ばす。
まもりは慌て駆けよったがセナもモン太も怪我はしていなかった。
見た目は派手だが怪我しないだけの計算しつくされた絶妙のセッティングに呆れつつも感心してしまう。
「おら、てめえら!抽選開始の時間だ!とっとと中に入りやがれ!」
蛭魔の怒鳴り声にメンバーは慌てて会場へと入った―――――――。
抽選の結果、対戦相手は神と恐れられる神龍寺に決まった。
一瞬、びびったものの、クリスマスボウルに行くには遅かれ早かれ倒さなければならない相手だ。
メンバーは意気揚々、勝利を胸に誓う。
「今日はこれからどうするんですか?」
「はぁ?部活は今日は休みだろ?」
セナの問いかけに黒木が何を言うんだと言わんばかりの顔で答えた。
黒木は久しぶりの休みに、朝からゲーセンに行く事をとても楽しみにしていたのだ。
「いや、でもほら、対戦相手も決まったし、少しでも練習しといた方が良いかな~?なんて思っちゃったりなんかしたりして…」
「なんたってあの神龍寺だもんな。強敵MAXだぜ!」
「おー、誰かさんが見事、引き当てたもんなぁ」
「よりにもよってなぁ」
「ある意味、すげえくじ運だよな」
「うっ…スミマセン」
「謝る事は無いぜセナ。どうせいつかは倒さなきゃならねぇ相手だ。相手が何処だろうが全力MAXで倒すだけだぜ!」
「そ、そうだよね。練習しなきゃね!」
いつもの決めポーズと取るモン太に栗田も及び腰ながら同調する。
そんな二人に三兄弟も顔を見合せると「ま、しょうがねえか」と部活への意欲を見せた。
「じゃあ、てめえら、このまま学校行って…」
「あ、ちょっと待って、蛭魔君!」
メンバーに指示を出そうとした蛭魔をまもりが遮るために蛭魔の手を掴んだ。
――――……やっぱり!
すぐに蛭魔の手を離すとまもりはメンバーに向きなおった。
「練習も大事だけど身体を休ませる事も大切よ!無理し過ぎて疲労骨折なんて洒落にならないし、それに今日はこれから蛭魔君は私と出かける予定だから練習は出来ないの」
「あん?いつそんな話になった?!」
「前からです」
「ふざけんな糞マネ。んっな約束はしたことねえし、するワケねえだろうが!」
「もう、みんなの前だからって照れて誤魔化さないで下さい」
「照れるってなんだ?!俺はそんな約束はしたことはねえ!」
「はいはい。でも蛭魔君は私と出かけるから練習は無しです」
延々、問答を続けるまもりと蛭魔をメンバー達はしばし遠巻きに眺めていたが、このままでは埒が開かないとセナが声をかけた。
「あ、あの、まもり姉ちゃん。その用事って対戦校に偵察に行くとかなの?」
「あ、それとも部の備品の買い出し?それだったらみんなで行こうよ!裏原宿の『クルックー』行けば良いじゃん!クリタンもいるから大量の荷物でも大丈夫だよ!」
「うん、そうだね。クルックー久しぶりだし、みんなで行こうよ!」
セナと鈴音の言葉にすっかり乗り気になった栗田が盛り上がる。
「ちょっ、ちょっと待って!ゴメンなさい。今日は蛭魔君と二人で出かける予定だから、ね?」
「そんな予定は無えっつってんだろうが」
「えっ!まも姐、それってそれって?!」
鈴音の前髪がアンテナのように立ち上がり、鈴音自身も目を輝かせてまもりの方に身を乗り出す。
「ま、馬に蹴られて死にたくなきゃあ 大人しく引き下がれって事だ」
「ま、まもりさん……!?」
ムサシの言葉にモン太が顔面蒼白となるが誰も気にも止めない。
「そ、そう言うわけじゃないのよ?!」
「ヤー!じゃあどう言うわけなの?ねーねーまも姐~」
「えっとね…」
更に鈴音が身を乗り出して聞いて来たのでまもりは返答に困りどもってしまう。
「どう言うわけもねえ。寝言は寝て言えってだけだ。練習すっぞ」
「駄目です!」
一向にまもりの言葉に従わない蛭魔にまもりは業を煮やす。
「蛭魔君、わかっているんでしょ?いい加減言う事聞いてくれないと…バラすわよ?」
「……」
暫し二人はにらみあったが、まもりが一歩も引き下がる気が無いと確信して蛭魔は小さく悪態をついた。
「糞!勝手にしやがれ」
天使が悪魔を脅し、なおかつ悪魔が降参すると言う驚愕の光景を目の当たりにしてた一同は全員、あまりの出来事に固まってしまった。
「じゃあ みんな、また明日ね!」
まるで連行するように蛭魔の腕を掴んで機嫌良く去って行くまもりを、メンバーはただただ唖然と見送くるしかなかった…。
「……いつ気付きやがった」
「バズーカのセッティング終えて立ち上がった時にあれ?って思ったんだけど、確信したのはさっき手を触った時」
体調不良をまもりに見抜かれた事に蛭魔は舌打ちをした。
「糞」
「糞じゃありません。そんな熱いんだから帰って安静に寝ないと駄目よ!風邪こじらせて死んじゃう事だって有るんだから」
「ケッ。クリスマスボウルで優勝するまでは死なねぇよ」
「そんなこと言ったって一寸先がわからないのが人生です!それこそこじらせて白秋戦までしっかり練習できなかったなんて嫌でしょ?」
「……」
「さ、大人しく帰りましょう」
「……てめえ、何処まで着いて来る気だ?」
「え?」
蛭魔は立ち止まると隣を歩いているまもりに尋ねた。
「見張らなくても帰るから てめえも帰れ」
「帰った後にパソコンいじって休まないんだったら意味が無いでしょ?そこまでしっかり見届けなくっちゃ」
「余計なお世話だ」苦虫を噛み潰したような顔をする蛭魔などにはお構い無しでまもりは話題を変えた。
「蛭魔君、何か食べたいものない?スポーツドリンクある?」
「……良いからてめえは帰れ」
「安心して。蛭魔君がちゃんと寝たら帰るから」
「ストーカーは止めてクダサイ」
「マネージャーとしてです!」
「てめえの声聞いてると余計、しんどくなった気がする」
「あら、大変!それじゃあちゃんと看病してあげるから安心して」
「…糞」
再び舌打ちすると蛭魔は歩きだし、それを追ってまもりも歩きだした。
「蛭魔君って相変わらずホテル暮らしなのね」
「……」
蛭魔の返答など最初から期待していなかったまもりは、着替えを始めた蛭魔に背を向けて、冷蔵庫の中身を確認した。
幸いスポーツドリンクは有ったものの、他に食べれそうな物が何も入っていない。
麦のジュースが入っていたことには目をつむり、まもりは冷蔵庫を閉じた。
蛭魔の部屋には簡単な調理なら出来る小さなキッチンがついている。
―――お粥でも作っておいた方が良いかしら?
でも、お粥って冷めたら美味しくないし…。
レトルトのお粥が無難かな?
他は何が良いかしら?
あれこれ考えているまもりに蛭魔が声をかけて来た。
振り返るとそこにはパジャマがわりのスウェットに着替えた蛭魔が立っていた。
「糞マネ。見張ってなくても大人しく寝てやるから てめえはもう帰れ」
「本当に?」
「おう」
「じゃあ体温計って。そうしたら帰ります」
「…糞」
悪態をつきながらも蛭魔は色々な物が詰め込まれた怪しげな箱を探って体温計を取り出すと大人しく計りだした。
……救急箱?
……じゃあないわね…。
なんだか怪しい箱ね…整理したいけど、したら怒りそうよね…。
ピピッピピッ
アラームが計り終えたことを告げた。
蛭魔は取り出してチラリと見るとケースごと体温計をまもりに投げて来た。
「寝る。さっさと帰りヤガレ」
「もう!投げないでよ!危ないでしょ!…えっ?!38度5分って大丈夫?!救急でも行く?!」
思っていたよりも高い体温計の数字にまもりは慌てるが、蛭魔はベッドに潜るとまもりに背を向け取り合うつもりの無い事を態度で示した。
「うるせー。とっとと帰りヤガレ」
「…じゃあ何か有ったら夜中でも良いから電話してよ?」
「おー」
「じゃあね」
あっさり引き下がり帰って行ったまもりに少々、肩透かしを食らった気もするが、糞マネはただのマネージャーであって、彼女でも家族でも無いのだから当然だと思い直す。
それよりも、一旦、身体を横たえたせいで身体が休憩モードに入ってしまったのか、今は指一本動かすのもしんどい。
―――寝るしかねえな…。
そこで蛭魔の意識はブラックアウトした…。
こっそりドアを開けるが部屋の中は相変わらず静まり返っている。
こんもりと盛り上がったベッドに近づくと少し呼吸が荒いようだが蛭魔が大人しく寝ていた。
―――悪魔も人の子よね。
ほんの少し蛭魔の寝顔を眺めて、まもりは買い物袋から買って来た物を取り出し準備をした。
日頃、あれだけ気をはり一切の油断が無い蛭魔が冷えぴたをおでこに貼られてもも気付かない。
相変わらず熱は高そうだし、弱っているのが良くわかる。
こんな状態なのに今までよく平気なふりをしていたものだ。
デスマーチの時と言い、蛭魔の意地っ張りっぷりには呆れてしまう。
もう、そんなに無理しなくても大丈夫なのに…。
少し寂しい気持ちを振り払い、まもりは氷枕の準備をした。
氷枕をするために蛭魔の頭を少し持ち上げると、蛭魔が目を覚ました。
「何してやがる」
「熱が高いから氷枕してるのよ。はい。気持ち良いでしょ?」
「……」
「もし熱が下がったとしても明日は部活はお休みだからね!」
「熱が下がりゃ問題無いだろうが」
「そんなかすれた声でなに言ってるの!絶対駄目です!」
「あー、分かった分かった。ウルセー。喚くな。ったく、俺にそんな意見する奴はテメエだけだ」
そう言いながら蛭魔はまもりに背を向け寝やすい体勢を探すと布団をかぶった。
「優秀なマネージャーで嬉しいでしょ?」
「まったくだ…」
「えっ…?」
布団の中から聞こえたくぐもった声に耳を疑い聞き返したが返事はない。
音をたてないようにそろりとベッドまで近づき耳をすますと、蛭魔の微かな寝息が聞こえてきた。
どうやら蛭魔は再び眠ってしまったらしい。
寝ぼけてた言葉なの?
それとも?
もし、本心だったとしたら…。
なんだか心の奥がくすぐったいような感じがする。
ふう。
まもりは軽くため息をつくと、枕元のサイドテーブルに蛭魔が目覚めた時、すぐに手に取れるよう、スポーツドリンクやら軽食やら細々とした物を準備した。
「お休みなさい。今はゆっくり休んでね」
眠っている蛭魔に小さく声をかけて、まもりは部屋を後にした。
終わり
・・・・・・・単に なんで蛭魔はダウンジャケットを着てたのかと思いまして・・・・。
だって、黒木なんて腕まくりよ?
あんな暑苦しい格好してるの蛭魔だけなんだもん。
私も高熱が出た時、周りの人に「え・・・」って目で見られるくらい 病院の待合でもダウンジャケット着て震えてましたからね。
さ、気を取り直して 次は29000記念小説だー!
逃げろー!!

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