幸せSPY
「お疲れ様ッス!」
「良いお年を!」
「良いお年を!」
大晦日前日。
泥門高校アメフト部の今年の練習が終了した。
待ちに待った正月休みに皆は、休みをどう過ごすかの話題で盛り上がりながら帰って行った。
メンバーが帰った部室は一気に静まりかえり物足りない気分になる。
ようやく片付けを終えたまもりがまだパソコンをいじっている蛭魔に声をかけた。
「蛭魔君はまだ帰らないの?」
「おう。もう少しな」
「コーヒー入れようか?」
「おう」
まもりはコーヒーの準備をしながら、気付かれないようにチラリとパソコンをいじっている蛭魔の様子を伺った。
クリスマスボウルは優勝と言う最高の結果で幕を閉じた。
泥門高校の部活は二年の秋まで。
自分たちはもう試合に出ることは出来ない。
残されたのは引退の二文字だけだ。
なのに蛭魔は相変わらず何やら忙しく情報収集に余念がない。
まだ誰にも内緒なのだが、実はクリスマスボウル直前から蛭魔とまもりは付き合い始めた。
だが、アメフトが最優先の関係だからクリスマスをゆっくり恋人同士で過ごすなんて事ははなから無理だと割りきっていた。
しかし、その分、お正月は初詣とか、何かで誘ってもらえるかもしれないと密かに期待していたのだが……。
クリスマスボウルが終わった後も相変わらずのアメフト漬けな日々で、お正月のお誘いの一つも無いまま大晦日前日になってしまった。
今年も家族と新年を迎え、友達と初詣に行き、のんびりと過ごすいつもと変わらないお正月になるんだろうななんてぼんやり考えている間にコーヒーのドリップが終わった。
「はい、どうぞ」
「おう」
テーブルにカップを置く。
いつもはパソコンから目を離さずカップを取る蛭魔が今日はまもりに視線を向けた。
「な、何?」
いつもは無い事にドキンとする。
「そんな物欲しそうな目で見ても何も出ねえぞ」
「物欲しそうな目なんてしてません!」
「ほぅ、そうデスカ?」
「そうです!まったく」
内心を見透かされたような気がしたまもりは、そんな気持ちを隠すように少々大袈裟に怒って見せた。
「そ、そう言えば蛭魔君はお正月休みは何するの?」
「諜報活動」
「は?ちょうほうかつどう?諜報活動ってスパイとかの?」
「それ以外の諜報活動は知らねぇナァ」
想定外の言葉にまもりは暫し言葉がつまる。
「……奴隷を増やす気?いい加減そう言う事は…」
「アメリカに行く」
「は?アメリカで奴隷増やすの?」
「てめえ、俺は諜報活動だって言ってんだろうが、奴隷は副産物だ」
「……諜報活動って…何する気?危なくないの?」
不安気な表情を浮かべるまもりとは対称的に蛭魔はニヤリと不遜な笑みを浮かべる。
「まだ発表されてない極秘情報だが、元NFLのスーパースターのモーガンってオヤジが主宰でワールドユースを開催するって話しだ」
「ワールドユース?」
「当然、それには日本も選抜チーム作って参加する」
「選抜…」
「おそらく選抜メンバーに選ばれるQBはキッドと俺の二枚看板だ」
「… …」
「だが、俺の身体能力じゃアメリカに敵わないのは明らかだ。少しでも勝利に近づくには情報が不可欠なんだよ」
「凄いね」
「あん?」
「ワールドユースなんて!世界と戦えるなんて!」
「おう」
「NFL挑戦の最初のチャンスだね」
「あぁ…」
不敵な笑みを浮かべたまもりに蛭魔は一瞬、反応が遅れた。
いつの間にそんな顔が出来るようになったんだ?
真面目なだけが取り柄の風紀委員が化ければ化けるモンだ。
つくづく面白ぇ女だな。
まもりの意外な一面に、蛭魔は自然と腹の底から笑いが起きそうになった。
蛭魔とまもりは電車が来るのをホームでふたり、並んで待った。
寒さで吐き出す息は白く、鼻の頭がじんじんして来る。
これから成田へ行き、その足でNYへ立つと言う蛭魔のフットワークの軽さにまもりは感心しながらも、蛭魔にとってはアメリカなんてたいした距離じゃないんだと呆れてしまう。
アナウンスが流れ、電車の到着を知らせる。
「諜報活動頑張ってね!」
「おう。てめえはせいぜい糞チビ共と初詣でも行って日本の正月を満喫してろ」
「うん。でも初詣で蛭魔君の事はお祈りしないから」
「あん?」
「だって、悪魔は神には頼らないんでしょ?勝利は自分たちで掴むんでしょ?」
「おう。たりめーだ」
「蛭魔君が情報持って帰るの待ってるから。頑張ってね」
「おう。首洗って待ちやがれ」
「それを言うなら首を長くしてじゃない?」
「帰ったら正月どころじゃなくなるって覚悟しとけって事だ」
「それなら大丈夫。準備万端にして待っとくわ」
「奴隷根性、良い心掛けだナ」
ニヤニヤ笑う蛭魔にまもりは頬を膨らませる。
「すぐそう言う事 言うんだからぁ」
「おら」
「えっ?何これ?」
まもりは蛭魔が投げてよこした封筒をあけて中身を確認した。
中に入っていたのは……
「チケット?えっ?これ!ライスボウルのチケット!?」
「これからアメリカに立って、その日までには帰って来る」
「楽しみに待ってるから、気を付けて、無理しないでね」
「おう」
汽車に乗り込んだ蛭魔にまもりは一抹の寂しさを感じながら声をかけた。
すると、蛭魔がちょいちょいとこっちに来いと指で合図するので、まもりは慌て近づいた。
「何?」
とたんに引き寄せられて、気付いた時には公衆の面前でキスされていた。
「ちょっ、蛭魔君!!」
「ご馳走様デシタ」
恥ずかしさから顔を真っ赤にして怒るまもりの目の前でドアは閉まり、人の悪い笑顔を浮かべた蛭魔を乗せて電車はホームを後にした。
小さく、見えなくなるまでホームでじっと電車を見送ったまもりは、その時、初めて自分が何か握っている事に気がついた。
それはいつの間に自分の手の中にあったのか?
おそらく、抱きよせられてキスされた時に蛭魔が握らせたに違いない。
チェーンを持って目の高さまで掲げて見る。
目の前にぶら下がっているのは金髪を逆立てたパンクなロケットベアの小さなぬいぐるみのキーホルダー。
「こんなのあるんだ。…それとも特注?」
あの悪魔がこんな物をくれるなんて!
小さなロケットベアに軽いキスをすると、まもりはスキップするような足取りで歩き出した。
終わり
いつもと変わり映えしないお話です。
すみません。
今年もこんな感じの話ばかりだと思いますが どうぞよろしくお付き合い下さいませv

PR