軽く触れただけの唇が音もなく離れた。
「……何なの…?」
驚きで目を見開き立ち尽くしたままのまもりは、唇が離れたとたん、何事もなかったかのように帰り支度を始めた蛭魔に問い掛けた。
「あん?」
「今の…」
「あん?キスだろ?知らねぇのか?」
「いや、そうじゃなくて!なんで?」
「あん?したかったから」
まもりに背を向け、帰り支度の手を止めることなく、蛭魔はあっさりと答えた。
「したかったって…」
「嫌だったのか?」
帰り支度をすっかり整えた蛭魔がまもりに視線を向けて逆に質問して来た。
「えっ?嫌って言うか、なんて言うか…」
「嫌だったのか?」
もう一度同じ質問をしてきた蛭魔にまもりは戸惑いながらボソボソと答える。
「…嫌じゃないけど…」
「じゃあ良いだろうが。おら、帰るぞ!鍵閉めるから早く出やがれ!」
そう言うや蛭魔はさっさと部室から出て行ってしまった。
「えぇ?!ちょっ、ちょっと待ってよー!」
慌てて帰り支度を済ませるとまもりは蛭魔を追って部室を飛び出した。
帰る道すがら、まもりはキスについて蛭魔を問いただしたかったが、歩く速度の速い蛭魔と並んで歩くことも大変だったし、今さら部室でのキスの話題をすることも恥ずかしい気がしたし、何より、蛭魔が次の練習試合の作戦について話し出したので、すっかりうやむやのまま終わってしまった。
その後、蛭魔は気紛れに軽いキスをして来るようになり、まもりの方もなんとなく慣れてしまい、取り立ててどうと思わなくなった。
Lovers Kiss
「実はね…うふふっ。まー君とキスしちゃったぁ!」
クラスメイトの美奈の様子が最近おかしいと、仲良しグループ数人でお弁当を食べながら美奈を問いつめた所、美奈はあっさり白状した。
「えっ!あのイケメン君でしょ?!付き合ってたの?!」
アコが興味津々に身を乗り出して質問した。
「うん。なんとなく良いなぁとは思ってたんだけどぉ、この間、一緒に出かけた帰り道になんとなぁくそう言う雰囲気になってね。キスされた後に「付き合ってくれ」って言わちゃって!OKしちゃったぁ!」
キャーと恥ずかしさと嬉しさを滲ませる美奈に次々に質問が飛ぶ。
「えぇ~?まー君?うん。優しいよぉ~!色々気を使ってくれるしぃ、知識が豊富でおしゃべりするのも楽しいしぃ、とっても面白いの!なんたってイケメンだしぃ!」
延々続きそうな美奈のノロケ話しに皆はため息をつくしかなかった。
その後、まもりの脳裏には事あるごとに美奈の言葉が浮かんで来た。
『キスされた後に交際を申込まれた』と。
自分は蛭魔に何度もキスされているが交際を申込まれるどころか告白すらされていない。
「…やっぱり、キスって好きな人とするものよね…」
休み時間に試合のデータ整理をしていたまもりがため息と共にぽつりと吐き出した言葉を耳ざとく聞きつけたアコが目を輝かせ聞いて来た。
「何なに?どうしたの?!」
「えっ。な、なんでもナイナイ!」
「嘘ぉ!怪しいィ~!」
まもりは慌てて「なんでもない」と誤魔化すが、アコは追及の手を緩めない。
それどころか、サラまで参戦して来てしまった。
「まもってば恋の悩みィ~?いつの間に?すみにおけないナァ」
「えっ!?いや、そんなんじゃ…」
「隠すな隠すな。どうせ相手は蛭魔でしょ?」
紙パックのジュースを飲みながらさらはヒラヒラと手を振った。
「ど…どうして分かったの…?!」
「あはっ!まもがついに認めた~!」
動揺するまもりにアコは満面の笑みを浮かべる。
「前からまもと蛭魔って噂になってたんだよ?知らなかったの?」
「そうそう。蛭魔が無理やりにとか、悪魔と契約を交わしただとか、実はまもの方がゾッコンで押し掛け女房したらしいとかね」
ニヤニヤと笑うさらの笑顔にまもりはブラックアウトしそうになる。
「なんでそんな事に…告白してなければ、されてもないし、ましてや付き合ってなんてないわ」
「あら ?そうなの?蛭魔って意外と奥手?」
「悪魔なのにねぇ」
意外だと口を揃える二人にまもりは目眩を感じずにはいられない。
「一体、どこからそんな噂が出たんだか…」
頭を抱えるまもりにアコが声をかける。
「じゃあ、なんでキスについて悩んでたの?」
「えっ…いや、え~っと、ほら!私、恋愛とかよくわからなくて…ね?それで、その、キスするってどう言う気持ちなのかな~なんて考えたりしてただけなのよ」
「キスする気持ちねぇ…」
「そりゃあ、キューンとなって、ドキドキしてジーンとなってひかれあうようにブチューー!っと」
アコが大袈裟な身振り手振りで表現する。
「アコ…ブチューってその擬音は全部が台無しだよ」
「あは。そう?」
「キスするってのは、やっぱ単純に好きだからじゃない?」
「ウンウンだよねぇ~だよねぇ~。嫌いな人とキスなんて冗談じゃないもんね」
さらの言葉にアコが大きく頷き賛同する。
「好きだから…」
休み時間終了のチャイムが鳴り、会話はそこで途切れた。
黒板に書かれた数学問題を解きながらも、まもりの頭の中は数字ではなく、『キスするのは好きだから』と言ったさらの言葉が渦巻いていた。
好き?
好きだから?
それって…じゃあ、蛭魔君が私を好きって事?
…アリエナイ。
考えられない。
「間違いでしょう」
「えっ?あっ!本当だ。こことここの数字が逆だ。すまんすまん。さすが姉崎!良く気が付いたなぁ」
慌てて黒板の問題を書き直す教師にまもりは一瞬、何の事か理解できなかったが、独り言が思わず漏れていたことに気が付き一人赤面した。
危ない危ない。
つい独り言が多くなっちゃってる。
気をつけなきゃ。
席に戻ってもまだ頬が少し火照っている気がする。
それもこれも全部蛭魔君のせいよ!
苛立ちを抑えるように窓の外に目をやると、空はどこまでも晴れ渡りアメフト日和だ。
蛭魔君もみんなも、早くアメフトがやりたくてウズウズしてるんだろうな。
みんなのソワソワしている様子が目に浮かび、まもりは思わずクスリと笑った。
ささくれていた気持ちは平静を取り戻していた。
蛭魔君は今日もキスして来るのかしら?
今日キスして来たらどうしてキスするのか、どう言うつもりなのか聞いてみよう。
そう心に決めるとまもりは残りの数学問題をさらさらと解いた。
放課後、部活の前にまもりは済ませなければならない用事があった。
愛の告白を聞く為に校舎裏に呼び出されたのだ。
愛の告白と言うものは想いに答えられないだけに聞く度に憂鬱になる。
今日もまもりは誠心誠意お断りの文句を並べたが、相手が少々悪かった。
変にナルシストがかった男で、いかに自分が良い男か美辞麗句を並べたてた後、突然、実力行使とばかりにまもりに抱き着きキスしようと唇を寄せて来た。
激しい嫌悪感にまもりは必死に抵抗するが、しょせん男の力には抗えず、もう駄目だと諦めかけた時、やけに暢気な声がした。
「おーおー、校内で婦女暴行デスカ?脅迫ネタ、ゲ~ット!」
二人同時に声のした方に視線を向けるとそこには携帯で動画撮影している蛭魔がいた。
「ひっひっ蛭魔ァー!?」
「良い度胸デスネェ?天下の風紀委員で地獄のアメフト部のマネージャーに手を出すとは」
「こっ、こっ、これは、これは間違いなんだ!やる気はなかったんだ!スミマセン!もう二度と近づきません!許してくださいー!!」
男子生徒は顔面蒼白になると地面に頭を擦り付けて許しを乞うた。
「奴隷ゲ~ット!従順に働きヤガレ!」
「ヒィ~~~!」
情けない悲鳴と共に男子生徒は脱兎の如く逃げて行った。
「おら。いつまで呆けてやがる。部活行くぞ」
「うん」
気が抜けてへたりこんでしまったまもりの手を引っ張り立ち上がらせると、手を繋いだまま蛭魔はさっさと歩き出した。
まもりも短い返事を返した後は部室近くまで手を繋いだまま黙って従った。
汗まみれ、泥まみれのクタクタになり今日の部活は終了した。
疲れ果ててはいるが、どの顔も充実した笑顔を見せている。
そんなみんなの笑顔を見ていると、本当にアメフト部で良かったと思う。
一人一人に「お疲れ様」と声をかけ、洗い立てのタオルを渡すと自分も満ち足りた気分になる。
セナを守る為に入っただけだったのに…。
人生、何が起こるかわからないものね。
「何ボケてやがる。さっさとタオルよこせ」
そう言うと蛭魔はまもりの手からタオルをひったくった。
「あっ、ごめんなさい」
いつの間にか自分の考えに浸っていた事をまもりは慌て謝ったが、つい視線が蛭魔の唇に行ってしまい赤面する。
そんなまもりの内心を見透かしたように蛭魔は目をすがめると鼻で笑って「スケベ」と一言いい放ち部室へと帰って行った。
その言葉に一瞬、唖然としたものの、まもりの頭の中でプチンと何かが切れる音がした。
頭の中を今日1日悩んだこと、怖かったこと、嬉しかったこと等様々なことが走馬灯の様に駆け巡り訳がわからなくなる。
許容量をオーバーした感情が溢れだし、まもりは蛭魔を追って部室へと向かった。
「蛭魔君!」
凄い勢いで部室のドアを開く。
「ま、まもりさん…?」
憤怒の形相で仁王立ちするまもりに皆の動きが止まる。
ほとんどの者がパンツ一丁の情けない姿で固まって、まもりの出方を伺っている中、蛭魔だけは一向にお構い無しで着替えをしていた。
シャツを脱ぎ、上半身裸になるとまもりに視線を向け一言「今度は痴女か?」といい放った。
「痴女って何?!スケベなのは蛭魔君でしょ!何度も何度もキスしてきたのは蛭魔君じゃない!」
うわ。
コイツ何こんな所でバラしてやがんだ?!と言う表情を一瞬浮かべたものの、それで怯むような蛭魔ではない。
「嫌じゃねぇっててめえだって言ったじゃねぇか」
「嫌じゃないって言っただけです!『嫌いじゃない』=『好き』なんて方程式の成り立つひねくれ者の蛭魔君とは違うんだから!」
「じゃあ拒否りゃ良いだろ!」
「そう言う問題じゃないの!何でキスして来るかが問題なんです!何で何度もキスするのよ?!」
「そりゃあスケベだからじゃないですかねぇ?」
「フザケないで!」
「嫌いじゃねぇからだろうが!」
「…!……ねぇ、それって……」
チッと舌打ちすると、言い合いしながらもいつの間にか着替えを済ませていた蛭魔はまもりの手を引っ張ってずかずかと部室の外へ出て行った。
残されたメンバーは今、起こった事態を把握しきれず呆然としていたが、突然、部室のドアがダン!と音がしたので全員ビクッ!と飛びあがった。
ドアに何かがぶつかったらしいが、何がぶつかったのか確認しに行く勇気のある者は一人も居らず、ただ息を殺して外の音に耳をすませた。
「はぁ…ふっ……ンっ…」
ドアの向こうから微かな鼻にかかった息づかいが聞こえて…。
「「「「!!」」」
ドアの向こうを理解したメンバーはますます固まるしかない。
これ以上、色っぽい音が聞こえて来たらヤバい所まで固まりそうだと数名が身を固くしていると、再びドアが勢い良く開き不機嫌な顔をした出て行った時と同じくずかずかと蛭魔が入って来た。
手早く自分の荷物とまもりの荷物をまとめて持つと「先に帰るから、最後の奴はきっちり戸締まりし
て帰れよ!」と命令して帰ってしまった。
蛭魔が出て行った後、恐る恐る部室の外を覗いてみたが、そこには誰も居なかった。
「ま…まもりさん……」
崩れ落ちて涙を流すモン太と、なんだか白くなったように見える十文字からはいつまでも哀愁が漂っていた…。
一方、まもりは初めての激しいキスにくらくらしてしまい、気付いた時には蛭魔の家のソファーに座っていた。
蛭魔が差し出したミネラルウォーターを飲んでようやく一心地つけたが、隣に腰をおろした蛭魔にまたドキドキしてしまう。
「…蛭魔君」
少し上擦った自分の声が可笑しくて、ちょっとリラックスできたまもりは単刀直入に聞いた。
「蛭魔君は私が好き?」
「嫌いじゃねぇ。キスする位にはな。そう言うてめえこそどうなんだ?」
「私?」
放課後、無理矢理キスされそうになった事を思い出し鳥肌がたった。
蛭魔にキスされた時には一度もこうはならなかった。
そっか―――
目の前が晴れたようにまもりは全てわかったような気がした。
「うん。私もキスしても良い位 蛭魔君のこと好きみたい。これって両想いって事かしら?」
「じゃねぇの?」
「本当にィ?」
今イチ納得できないまもりに蛭魔は笑みを深め、耳元で囁いた。
「もっとキスすりゃわかんじゃね?」
「んっ…」
優しいキスをする蛭魔にまもりはうっとりと瞳を閉じた-------------------------------。
END
うひゃあ★
はずかちぃ~~~~!
ラブラブなお話を書きたいと思って、リクとか色々詰め込んじゃえ!って頑張ったんですが・・・
ま、こんなモンです★
風龍凪さまの『壊れるまもり』ってリクはクリアできず・・・。
『壊れる』ではなく『とぼけた』まもりになっちゃった★
その方がウチのまもりらしいと風龍凪様がおっしゃってくれたので良かった良かったv
また懲りずに頑張ります!
とりあえずまもりパパのお話書かなきゃ!

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