春、3月―――
新生王城が練習試合をすると言う情報を入手した泥門メンバーは部をあげて試合を観戦した。
上級生が抜けても王城は強かった。
強さを目の当たりにした泥門メンバーは少々興奮気味で帰りの交通手段である駅へと向かっていた。
「あ、あの服可愛い!」
興奮している男子をよそに女子の関心はどうしてもお洒落に向かう。
ショーウィンドウに飾られた服を鈴音が指さした。
「あぁ、あれ?本当、可愛いわね。鈴音ちゃん似合うんじゃない?」
「うーん、でも、あの服って胸がある人向きだよね…。まも姐ならスタイル良いし似合うと思うよ!」
「えっ?私?私、ああ言うタイプの服着たことないから…」
「えー絶対似合うって!あの感じなら真っ黒なコーディネートの妖一兄とデートの時に最適って感じじゃない?」
「す、鈴音ちゃん!」
「YA――まも姐ったら真っ赤になって照れてる~!可愛い―!」
最近、蛭魔と付き合い始めたまもりはまだ蛭魔とのことを話題にされることに慣れておらず、すぐに真っ赤になってしまう。
「はーい!可愛い子ちゃん達!チョット良いですかぁ!?」
いきなりかけられたノー天気な大声と目の前に差し出されたマイクにまもりと鈴音は一瞬、フリーズしてしまった。
その顔をテレビカメラがアップで狙う。
「いや~ん!驚いた顔可愛いい~!《GO!HEVEN》って番組の『あの娘にGO!』のコーナーなんだけどチョット良いかなぁ?」
ノリノリな男性リポーターにまもりは怯んでしまう。
「えっ、いや…」
「《GO!HEVEN》!?見てる~!好きぃ!えー、あの番組なの!?私、映るの!?YA―!」
インタビューを断ろうとしたまもりだったが番組のファンだと言う鈴音のテンションに負け、インタビューを受けることとなってしまった。
「へぇー《GO!HEVEN》かぁ」
レポーターに捕まったまもり達を少し離れた場所で眺めていた泥門メンバーだったが、レポーターの言った番組タイトルに戸叶が反応した。
「トガ知ってんのか?」
「あぁ、結構面白い深夜番組で良く見てんだよ。街中で見つけた可愛い子に色々インタビューするって結構人気のコーナーなんだ」
「へぇー」
「でも、あの番組って結構際どい質問が多いんだけど…マネージャー大丈夫なんか?」
「なんかあればあの悪魔がどうにでもすんだろ。」
「あ、でも蛭魔さん さっき寄りたい店が在るってどっか行っちゃいましたよ?」
面白くなさそうに呟いた十文字におずおずとセナが悪魔の不在を告げた。
「…マネージャー大丈夫かよ…」
「それより、なんかあった時のレポーターの命の方がヤベんじゃね?」
「……。」
戸叶の言葉に泥門メンバーは黙りこんでしまう。
その後は勝手知ったるなんとやら。
お互いの顔を見た後、こっそりまもり達に近づき、いつでも対応できるように全員素早くセットした。
全員が見守るなか中、当たり障りのないインタビューが暫く続いた。
リポーターの男は大手芸能事務所が今、押しているタレントで、最近よくテレビで見かけるようになった男だ。
決してイケメンと言うわけではないが、軽妙なトークと物怖じしない人懐っこさ、そして爽やかな笑顔で人気上昇中の注目株のタレントだ。
「彼氏はいるの?」
「えっと…」
言っても良いものか頬を染めて言い淀むまもりをニヤニヤと笑みを浮かべながら鈴音がうりうりと肘でつつき言葉を急かす。
「あの…はい…います。」
消え入りそうな声の返事にレポーターは大袈裟過ぎなほど大袈裟なリアクションを返した。
「ガーン!彼氏いるの?!そりゃこんだけ可愛いかったら野郎共が放っておかないわな!しっかし、こんな可愛い彼女いるなんて羨ましい野郎だなぁ!チキショー!で?その羨ましい野郎とはどう言うきっかけで付き合ったの?」
「えっと、同じ部で…」
「アメフト部のキャプテンとマネージャーなんだよ!」
ハイテンションで会話に割り込んだ鈴音にレポーターもハイテンションで返す。
「キャプテンとマネージャー?!何、そのマンガみたいな設定!こんな美人マネージャーな彼女がいたらそりゃ彼氏盛り上がるね!二人で手を取り合って同じ目標に向かうってか?!部も活気づいて強くなるでしょう?」
「うん!全国優勝したんだよ!」
「ウホォ!全国優勝!?スゲェじゃん!やるねぇ彼氏!全国優勝したスポーツマンな彼と美人マネージャーのカップルなんて出来すぎじゃん!」
ハイテンションで盛り上がるレポーターと鈴音を眺めながら戸叶がぽつりともらす。
「あのレポーター…絶対、爽やかなスポーツマン想像してんだろうなぁ…」
「あぁ、帝国の大和みたいな奴な」
「あのマネージャーの相手ったら普通はそう思うだろうな…」
「それが何の因果か悪魔だもんなぁ…」
「うぅ…まもりさん…」
遠い目をする三兄弟とモン太に他のメンバーは苦笑を浮かべるしかない。
「じゃあ、そのイケてる彼氏について質問!」
ついに本題に突入したことにメンバーに緊張感が走る。
「彼氏の行動で貴女が一番驚いたのはどんな事?!」
「驚いたこと?」
しばし考えるまもりに鈴音があれこれ今までの蛭魔の行動を挙げた。
「対戦したアメリカチームのパスポートをシュレッダーにかけて帰国不能にしてアメリカ行きのチケット巻き上げたとか?アメリカではデスマーチって西海岸からラスベガスまで重い荷物抱えてマシンガン乱射しながら走ったとか?帰りの飛行機代はラスベガスでちゃちゃっと一晩で二千万円稼いだしぃ、夜に東京ドームに侵入して野球した事もあったよね!」
「はっ!東京ドームだけじゃねぇよ。入部テストは東京タワー貸し切りだったぜ」
「体育祭ん時は捕獲しようとしたら戦車に乗ってたよな」
「戦車なんて可愛いいモンだろ。ワールドユースの偵察の時はアメリカから戦闘機で帰って来たぜ?」
いつの間にか泥門メンバー達も蛭魔の行動についてあれこれしゃべりだした。
その内容はリポーターの常識を遥かに逸脱しており、見る見るリポーターの顔が青ざめひきつって行く。
「じょ、冗談だよねぇ?」
「はぁ?何言ってんだ?相手は銃の乱射が日常の悪魔だぞ?」
「はあぁ?冗談でこんな事思いつくわけねぇだろが」
「はああぁ?常識で考えろよ常識で!」
三兄弟の迫力に気圧されたレポーターは冷や汗をかきながら弁明する。
「いや、だって、普通、常識で考えたらアリエナイでしょう!?」
「あ、そうだ!」
場違いなほどのほほんとしたまもりの声にレポーターは天の助けとばかりに飛びつく。
「マネージャー…黙ってると思ったらまだ考えてたんだ…」
「あいつの驚きの行動はそんな考えなきゃ思い付かないような可愛いモンじゃあねぇだろうに…」
「もう大抵の事には驚かないほど麻痺してんじゃね?」
「だな」
メンバー全員の意見が珍しく一致した時、まもりは嬉しそうに口を開いた。
「一番驚いた行動は…」
まもりの答えに皆の神経が集中する。
彼女であるマネージャーが驚いた悪魔の行動とは!?
とろけるような甘い愛の言葉を囁いたか?!
記念日に可愛い乙女チックなサプライズプレゼントでもくれたか?!
それとも…。
それぞれが無駄な想像を膨らます中、まもりの答えは―――
「二学期の終業式でネクタイしてくれた事!」
「「「はあぁ?!」」」
その場にいた全員の声が綺麗にハモった。
「…なんか 皆さんのお話しでは凄い武勇伝てんこ盛りな彼氏みたいだったけど…彼女が驚いたのはそんな事?」
「そんな事って!だって一年生の時からずっとネクタイしてって言ってたのに一度もしてくれなかったのがしてくれたんですよ?!驚くじゃないですか!」
本当に驚いたんだとわかる程 力説しているまもりにみんな同時にため息をついた。
「いや、確かにネクタイしてたのは驚いたけど…」
「今までの所業と比べて驚く程じゃないだろう…」
「しっかり毒されてるな…」
「非日常が突拍子もなさすぎて日常の些細な驚きに衝撃受ける程 麻痺しちまってるんだな…」
少し憐れみを含んだ視線がまもりに向けられる。
「何、楽しそうな事してるんデスかネェ?」
気配もなく突然現れた蛭魔にレポーターは大きく飛びすさり尻餅をついてしまった。
『あ、あ、あ、悪魔ァー?!!』
蛭魔の姿にレポーターは声にならない悲鳴を上げる。
青ざめて腰を抜かすレポーターには見向きもせず蛭魔はどこからか黒革の手帳を取り出して読み上げだした。
「何なに~?吉原芸能事務所所属のタレントの田沼晃一。事務所一押しのタレントだが、その事務所にも内緒で三年前から彼女と同棲中。しかし女グセが悪く先月も仕事にかまかけて銀座のキャバ嬢とハワイでバカンス。ほぉ~そりゃあ羨ましいですネェ。その上、同時進行で女子大生とも交際を始め…」
「うわぁ!!なんだ君は!?な、何でそれを!?」
「いや~実に優秀な奴隷達が粉骨砕身ありとあらゆる情報を集めて来てくれてましてネェ。こんな写真も有りますヨ?」
目の前にかざされた写真に田沼はこぼれ落ちそうなほど目を大き見開くと、慌ててひったくりくしゃくしゃにしてポケットの中に隠してしまった。
言葉もなく、ただ口をパクパクするだけの田沼に蛭魔はニヤニヤと笑いながら自分の携帯を差し出した。
田沼は訳がわからないまま、蛭魔から携帯を受け取り耳にあてた。
そのとたん
『ばっかもーん!!何をやっとるんだ!今すぐ帰って来い!』
携帯から耳をつんざく怒声が響いた。
「だ、誰ですか?」
『テレビ奥東京の高頭だ』
「高頭?どの部署の………はっ!社長ですか?!」
『そうだ!今すぐそのインタビュー打ち切って帰るんだ!わしの首を飛ばす気か!?』
「へっ?何の事です?」
『何の事じゃない!相手が悪い!悪すぎる!とにかく早々に切り上げて帰るんだ!あ、今、持っている粗品全部差し上げて!くれぐれも気分を害されないように、丁重にな!』
「はい…」
訳がわからないのは相変わらずだが、本能的に逃げた方が良いのはわかる。
ディレクターが頭をペコペコ下げながら泥門メンバー全員に次々と粗品を渡して行ったいるのが視界に入った。
慌てて田沼も持っていた粗品全てを蛭魔に差し出し「スミマセンでした!」と断りを入れると、スタッフ共々転げるように逃げて行った。
「おっ!食事券じゃん」
粗品の封筒を開けた黒木が喜びの声を上げた。
「わぁ!じゃあ、みんなでご飯食べに行こうよ~!」
栗田の提案にみんなから賛成の声が上がる。
「どこ行きますか?」
「この人数ったら入れる店限られるだろう?」
「駅前のワールドバイキング」
「えっ?」
「予約入れといた」
「はやっ!」
「いつの間に!?」
「ワールドバイキングって今、人気のお店だよね!」
既に予約を入れている蛭魔の行動の早さに一同は驚きつつもウキウキと店へと足を向けた。
お店への道すがら、盛り上がるメンバーを眺めながら最後尾を歩く蛭魔の隣にそっとまもりがやって来た。
「蛭魔君。あんまり酷い事しちゃ駄目よ?」
「あん?別に僕は何もしていませんヨ?」
「嘘!」
「なんたってネクタイしたくらいで驚かれる僕デスからネェ?可愛いモンですヨ?」
「あ、あれは!…本当に驚いたし…嬉しかったから…」
赤い顔でうつむきながら弁明するまもりに一瞬ぐっと来てしまい、蛭魔は心の中で「糞っ!」と悪態をつく。
「ま、人生最大のサプライズはもう少し先だ。覚悟しときやがれ」
「えっ?何?」
蛭魔の呟きを聞き逃したまもりが尋ねる。
「いえね、ワールドバイキングは食べ放題ですからつまみ食い糞風紀委員様は張り切ってどれ程食べられるのかと思いましてねぇ?さぞや驚愕させられるだろうと…」
「もう!そんなに食べません!」
ニヤニヤ笑う蛭魔にまもりは頬をふくらませて怒る。
「ほぉ?先週からスイーツ祭りが始まっててもか?」
「えっ、スイーツ祭り?!」
「やっぱ食う気満々!さすが糞風紀委員!ケケケケケー!」
「もー!蛭魔君!待ちなさい!」
思わずゴクリと喉をならしたまもりをからかい、大笑いしながら蛭魔はスタコラ走って逃げて行く。
そんな蛭魔の後を追ってまもりも走り出す。
自分たちを追い越して走って行く二人をメンバーは呆れて見送る。
「またか…」
「飽きねぇなぁ」
「しょうがねぇ、俺達も走るか」
「そうだね」
「店まで全力MAX!」
「フゴッ!」
そう言うと全員一斉に走り出した。
終わり