RUN 2
12月の冷たい空気が今は心地良い。
俺の両親は見合い結婚だった。
親父の職場の上司の紹介で両親は出会い、程なくして結婚した。
結婚して暫くは共働きだったが、俺を妊娠したのを機に母は仕事を辞めて専業主婦になった。
俺の親父と言うのは悪い人間ではないが、超がいくつもつく堅物で真面目な男だ。
当然、考えも一事が万事「こうあるべき」と凝り固まっていて融通も余裕も無い。
家事、育児と言うものは仕事とは違い成果を認められにくい。
何故なら「やるのが当たり前」だと思われているからだ。
母は商社に勤め、将来を嘱望されていた遣り手のキャリアウーマンだった。
それが、妊娠したことで仕事を辞め、家庭に入った事で社会から取り残されたような気分になるのに時間はかからなかった。
夫に愚痴を言っても「それがお前の仕事だろう」「俺は仕事で疲れているんだ」と突き放さる。
同僚達はイキイキと綺麗に着飾り遣り甲斐のある仕事をバリバリして輝いている。
胸をかきむしる程、同僚達が羨ましく、どれ程、無理解な夫に苛立ち、自分がつまらない人間に思えたことだろう。
俺が幼稚園に入った頃、母は職場に復帰しないかと上司誘われたらしい。
しかし、堅物な親父はそれを許さなかった。
「十分な稼ぎが有るのに何故働く必要がある?家庭をきっちり守るのがお前の仕事だ」と、けんもほろろだった
。
話しを聞こうとも、妻の気持ちを理解しようともしない夫との溝は少しずつ、しかし、確実に広がり、俺が小学生になった頃、決定的な出来事が起こった。
小学校から帰ると、家にいるハズの母が居ない。
最初はちょっと待っていれば母が慌てて帰って来ていたが、玄関の前で一人、立って待つ時間がだんだん長くなり、そのうち、合鍵を渡され自分で家に入るようになり、母は夕御飯の支度に間に合う時間に帰るようになっていた。
帰ると母が居ない日も時間が長くなるのと平行して増えて行った。
しかし、帰って来た時の母はいつも機嫌が良くて優しくて、おしゃれしていて綺麗だった。
イライラと「母さんは忙しいの。早く宿題しておきなさい」と顔も合わせず文句だけ言う事もない。
お出かけした日は話しをちゃんと聞いてくれる。
子供ながら、ぼんやりと、その日の母が優しいのは罪悪感からだとわかっていた。
母が何か良くないことをしているんだと気付いていた。
だけど、自分の話しを聞いてくれる母が嬉しくて、仕事の虫の父が気付かないのを良いことに、自分の中にどこか背徳を抱えながら、その僅かだけど大切な時間を守る為に黙っていた。
天網恢恢疎にして漏らさず。
母の秘密は何よりも守りたかった俺の失態から露呈した。
人の目とは恐ろしいもので、俺が二年生に上がった頃、母の噂が同級生の母親達の間でまことしやかに話題になっていたらしい。
耳年増な同級生の一人が親の噂話しを聞きかじり、俺をからかってきた。
最初は相手にしていなかったが相手にされない事に腹を立てた奴は仲間と共に中傷を徐々にエスカレートさせた。
我慢の限界が来た時、俺はそいつらに飛びかかった。
あっちが複数いたのに対し、こちらは一人だったが、まさかいきなりキレて反撃して来ると思ってもいなかった奴等は体制を崩し逃げ出した。
その時の俺はマジでぶちキレていたから追う手を緩めなかった。
鬼の形相で追って来る相手はさぞや怖かったことだろう。
掴もうとした俺の手を振り向き様に払い、そして俺を突飛ばした。
奴がいたのが階段を登りきった踊り場で、追いかけていた俺は当然、階段をかけあがっている所で…。
突飛ばされた俺は万有引力に乗っ取り階段を勢い良く転げ落ちた。
無様に床に這いつくばった俺は何気なく頬に手をやり、その手が真っ赤に染まっているのを見たのを最後に気を失った。
学校は家に連絡したが、連絡がつかないと親父の職場に電話をかけた。
連絡を受けた親父は俺のいる病院に飛んで来た。
無関心な親父が血相をかえて飛んで来てくれたことを喜ぶよりも、その時の俺は自分達が帰る前に母が家に帰って来てくれていることを祈っていた。
しかし、俺の祈りも虚しく、母は家にはいなかった。
いつも通りに夕方帰って来た母が俺達を見た時の顔が忘れられない。
続く
・・・・・・・・・・・・・・??
これ、ずいぶん前に書いたまま放置してたのですが、この時の私って、何か精神的に参ってたのかしら?
やったら暗い話だなあ~・・・と読み返して呆れましたヨ★

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