HOT NIGHT ~クリスマス・イブに~
自分が信じられない。
なんで?
どうして?
何が悪かったの?
手洗い、うがいも怠らなかったし、早めの就寝に十分な休養にも気を付けていた。
食事だってバランスを考えて外食に頼ることはほとんどなかった。
それなのに…。
まもりは数年ぶりに風邪で寝込んでいた。
前にダウンしたのはいつだったっけ?
思い返してもすぐにはいつだったか思い出せない。
それ位 前だと言うのによりにもよってなんで今なのか…。
薬が効いたからか、前日から大人しく寝ていた成果か、頭痛も倦怠感も咳もだいぶ治まって来た。
こんな状態の自分には関係無いが世間は今日、クリスマスイブに浮かれているはずだ。
19日に開催された甲子園ボウルで、最京大は西日本代表校として見事、優勝した。
次は来年1月3日のライスボウルと言う事も有り、少し気が揺るんでしまったのかもしれない。
昨日は部内で紅白戦があったのだが風邪でダウンして休んでしまった。
紅白戦の結果は蛭魔率いる1、2年生チームが3、4年生チームに勝ったと同じ一年生マネージャーから興奮気味なメールが来ていた。
蛭魔の活躍を見られず少々落ち込んでしまう。
今年はクリスマスイブが金曜日、クリスマスが土曜日と素敵なカレンダーになっているため、監督の粋な計らいで今日、明日の練習は休みとなった。
高校時代、アメフト部に所属してからはクリスマスと言えばクリスマスボウル!
その一色でクリスマスを楽しむような余裕は全く無かった。
久しぶりのクリスマスらしいクリスマスを楽しめると楽しみにしていたのに風邪で寝込むなんて…。
ふぅ。
ため息をついて再び寝返りをうつ。
久しぶりのクリスマスらしいクリスマスも楽しみだったが、それ以上に初めて恋人と過ごすクリスマスと言うものを心待ちにしていたのに…。
肝心の相手はここには居ない。
まもりが風邪で寝込んだと知れるやいなや、部のメンバーに誘われて飲み会に行ってしまった。
大事な時期に風邪をうつしてもいけないし、会わない方が良いと頭ではわかっているのだが、心はやはり会いたい、寂しいと複雑だ。
高校時代、女子は勿論、男子、教師、あらゆる人達に恐れ嫌われていた蛭魔だったが大学生になった今、あの頃が嘘だったかの様にモテている。
本当にモテモテだ。
やっている事は相変わらずだが、そんな蛭魔の姿を見て、“格好良い”“素敵”だけでなく“可愛い”なんて高校時代では考えられない形容をする強者まで居る程だ。
何度も寝返りしてみるが一向に眠気は訪れてくれない。
ダウンしてからこっち、ずっと寝ていたのだから眠く無くてもしょうがないと思いつつ、寝付けないい原因が別にある事も分かっていた。
“蛭魔が浮気するんじゃないか”
そんな事あるわけなと思っている自分と、でももしかしたら…と疑っている自分が居る。
「彼女が居ても良い」とか「遊びでも良いから」と粉をかけて来る子は意外に多い。
お酒が入り、盛り上がったその場の雰囲気でついフラり…なんて事が絶対無いとは言えない。
そんな事をつらつら考えていると、とてもじゃないがゆっくり寝ていようと言う気分ではなくなってしまう。
そう言えば少し小腹がすいたような…。
時計を見れば既に23時を越えている。
朝食兼昼食を食べて以来、何も口にしていない事を思い出した。
少し何かお腹に入れて寝よう。
もそもそ布団から出ると少しふらつきながらキッチンへ向かった。
独り暮らしって病気の時、本当に大変よね…。
1DKの狭いキッチンだが、機能的でまもりは気に入っている。
何かあったかしら?
簡単に食べれる物はないかキッチンを見回していると突然、玄関のドアがガチャガチャ音を立てた。
今日、家に来る予定の人は居ない。
もし、来る人が居たとしてもチャイムを鳴らすハズ。
いきなりドアノブをガチャガチャする人なんて…一人思い浮かぶが彼は飲み会でこんな時間にここに来るハズがない。
部のメンバーとの飲み会は行ったが最後。
オールナイト朝帰りコースが確実なのだから。
じゃあ誰!?
恐怖で身体がすくむ。
まもりが見つめるなかドアは開いた。
そこに立っていたのはいるはずのない蛭魔だった。
「あん?くたばってねぇのか?」
「蛭魔くん…。」
ドアを 開けたのが蛭魔だとわかると一気に緊張がとけ、まもりはその場にへたりこんでしまった。
「怖かったぁ…」
「アホか。そんな怖いなら鍵だくじゃなくチェーンもしやがれ」
「だって…」
もし、蛭魔が来たことに気付かず自分が眠りこんでしまっていたら…鍵だけなら合鍵で入れるがチェーンをかけていたら帰ってしまうんじゃあ…。
そう考えると、ついチェーンはしないままになってしまう。
しかし、そんな乙女心を面と向かって蛭魔に言うのは恥ずかしいと口ごもっていると、お邪魔しますとも言わず部屋に上がりこんだ蛭魔に腕を掴まれ引き上げられ、次の瞬間にはいわゆるお姫様抱っこと言うものをされていた。
「えっ?!」
蛭魔はそのまままもりを運ぶとベッドへ放り投げた。
「言っとくが、チェーンかかってたとしても俺には関係ねえからな」
「えっ…」
それだけ言うと蛭魔はキッチンへ引き返した。
自分の考えを見透かされていてつい顔が赤くなる。
そう言えば東京ドームをピッキングで開けてたものね…。
蛭魔にかかればマンションの鍵なんて有って無きが如しだと納得した。
なんだか疲れたまもりはそのまま布団に潜りこんだ。
キッチンから蛭魔が何やらしている音が聞こえる。
誰がたてているのかわかっている音と言うのは、弱っている独り暮らしの自分にはなんて心地良い音だろう。
もう眠くないと思っていたがあまりの心地良さに睡魔が訪れる。
「おい、起きやがれ!」
蛭魔の声に自分がうつらうつらしていたんだと気付いた。
「う、うん。いつの間にか寝ちゃってた」
ベッドの上に起きあがり座ると、その膝の上にトレイが置かれた。
「えっ」
トレイの上には湯気が立っているお粥が乗っている。
「蛭魔君が作ったの?!」
「んっなわけねぇだろ。レトルトだ」
お粥なんてお米を多目の水でコトコト炊けばすぐ出来るのに…と、思わないでもないが、レトルトとは言え蛭魔が自分の為に用意してくれたんだと思うとそれだけで嬉しくなってしまう。
温かそうなお粥を目の前にすると途端に胃腸が活動を始めたようでキュルキュルと鳴り出した。
「頂きます」
お粥を一口呑み込むと五臓六腑に染み渡る気がして、いかに自分が空腹だったのか今更ながら気付いた。
「美味しい~」
「温めるだけのレトルトだぞ」
「それでも美味しいし嬉しいんです!」
「はあ、さいですか」
ベッドを背もたれにして座っている蛭魔はまもりの言葉に呆れたような返事をして再び視線をテーブルの上のパソコンへと向けた。
そんな蛭魔の背中を見ながらお粥を食べる。
蛭魔がレトルトとは言えお粥を作ってくれるなんて思いもしなかった。
蛭魔と料理はイコールで結べない。
一度だけ蛭魔が料理を作っているのを見た事があるが、バーベキューの野菜をマシンガンで蜂の巣にするだけのとても調理と呼べるものではなかった。
そんな蛭魔が作った料理なら温めただけのレトルトだとしても嬉しくなる。
愛されてるって思っても良いのよね?
「おい、食い終わったか?」
「うん。ご馳走さま!美味しかった~!」
「レトルトだってぇの」
苦笑いしながら蛭魔が空の器の乗ったトレイを片付けてくれた。
戻って来た蛭魔の手にはトレイが有り、その上には山積みのシュークリームが乗っており、それを目にした瞬間、まもりの瞳が輝いた。
「こ、これどうしたの?!食べても良いの?!」
「おう。いきなりケーキはきついだろうがてめえならシュークリーム位は屁ともねぇだろ?好きなだけ食いやがれ」
「有り難う…頂きます。」
まもりはシュークリームにかぶりつく。
それは懐かしい地元の味がして驚く。
「! これって雁屋の?」
「さすがシュークリームマニアだな」
「えーどうして!?嬉しー!美味しー!」
思わずまもりは一気に5個食べてしまった。
「病み上がりが一気にシュークリーム5個食うか?てめえ、仮病だったんじゃねぇだろうな?!」
「だって、つい美味しかったから…本当に風邪で寝込んでたのよ!」
「で、残りはもう良いのか?」
「あ、うん。また明日の朝 食べる」
「了解」
「本当に風邪で寝込んでたのよ!?」
「へーへー」
片付けに台所へ向かう蛭魔の背中に弁解するが取り合って貰えずガックリしてしまう。
「嘘じゃないんだけどなぁ…」
本当に起き上がるのが億劫な程、体調を崩していたのだが、十分な休息を取ったのと、蛭魔が来てくれた嬉しさから一気に復活したのだ。
あんなにダルダルで鬱々だったのに、我ながらげんきんなものだと苦笑するが、好きなんだからしょうがないと居直ってしまう。
「おら、これ飲んで寝ろ」
薬かと思いきや蛭魔が差し出したトレイに乗っていたのはグラスに入った乳白色の温かそうな飲み物だった。
「これは何?」
「薬」
「薬?」
受け取ったグラスに口をつけてみる。
「! これ、お酒じゃない!」
「これはトム&ジェリーってカクテルで風邪ひいた時に薬がわりに飲む奴も多いんだよ」
「そうなの?」
「それに、このカクテルはクリスマス用に考案されたカクテルでもあんだ。今のてめえにぴったりだろうが」
「…確かに。トム&ジェリーなんて私と蛭魔君にもぴったりよね」
「はっ!仲良く喧嘩しなってか?」
「うん」
まもりはクスクスと笑う。
砂糖と卵の入ったカクテルはまろやかで飲みやすく、熱湯とアルコールと蛭魔のおかげで体が内側から温かくなるのを感じた。
「蛭魔君は飲まないの?」
「あ?俺はんっな糞甘いカクテルなんざ飲まねぇ。だいいち、今、酒飲んだら朝まで爆睡確実だ」
「えっ?」
「奴等に付き合ったら朝帰り確実だからな、手っ取り早く全員ぶっ潰して帰って来たんだよ。」
「ぶっ潰してって…みんな大丈夫なの?」
「くたばってようがどうしようが知ったこっちゃねーよ。明日も休みなんだから死んどきゃ治んだ
ろ。あー糞!さすがに酔いが回ってやがる。風呂借りるぞ」
「うん。着替えはいつもの所に入ってるから!」
蛭魔が風呂に行ってしまった部屋は静か過ぎて落ち着かない気分になる。
カクテルをチビチビ飲み終えると、まもりは布団に潜りこんだ。
とても幸せな気分で、とたんに睡魔が訪れる。
うとうとしている所に蛭魔が布団に入って来たのを感じた。
蛭魔の方に寝返りを打とうと思うものの、身体はすでに眠りに入っているようで動いてくれない。
背中から蛭魔に抱きこまれピタリと隙間なく身体が合わさっているのを感じる。
蛭魔の身体は温かくて心地良く、深い眠りへと誘われ「お休みなさい」と口を動かすこともできない。
なんとか蛭魔の方を向こうと再び試みるがモゾモゾと少し動くだけで、やはり寝返りは打てない。
「俺へのプレゼントは明日キッチリ頂くから早く寝てとっとと糞風邪治しやがれ」
耳元で囁かれた蛭魔の声は優しくて幸せな気分になる。
微かにまもりは頷き、夢の世界へと誘われた。
★merry christmas★
END
終わりました!
いかがだったでしょうか?
クリスマス風にちゃんと甘かったですか??
オチとしましては・・・
翌日、復活したまもりがキッチンにて目撃したものは・・・・流し台の惨状だと思う★
蛭魔はきっと流しに持ってくだけで 何も片づけしてないと思うよ・・・。
しかも レトルトの袋とかその他の材料もほったらかし、米粒もお酒もこぼしてても拭いてないこと間違いなし!
そして、まもりは もう絶対寝込むまいと誓うのでした★
素敵なクリスマスを!!
TOM AND JERRY
ブランデー ・・・15ml
ホワイトラム ・・・30ml
砂糖 ・・・2tsp
卵 ・・・1個
熱湯 ・・・適量
卵の白身と黄身を別々に泡立て、黄身の方に砂糖を加えてさらに泡立て白身も加える
ブランデーとラムを加えてステアし、グラスに注ぐ
熱湯で満たし、軽くステアする
19世紀末の名バーテンダー・ジェリー=トーマスがクリスマス用に考案したカクテルです。
他の名前をつけようと思っていたけど、その名前はすでに他のカクテルに使われていたので 自分の名前をつけたそうです。
あの猫とネズミからとったワケじゃないそうですよ★
兄弟みたいなカクテルにエッグノッグってのがあります。
こちらは牛乳が入っているので滋養ドリンクとしてもしられているとか。
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